はじめに

 ここは難しい説教や、宗教的なお話はありません。人間はいかに生きていくかをみなさんと考える場所です。こればかりは、学校でも社会でも教えてくれません。もちろんわたしも教えることは出来ません。お金のもうけ方や勉強や人付き合いのやり方は本や人に聞いたりすれば、いくらでも知ることは出来ますが、生き方については、自分で考えなければいけません。たくさん勉強して、出世して、礼儀正しくすれば、他人は立派な人だと思ってくれます。しかし、自分の中では、人から良く思われたくてやっていることなので、そんな自分自身をイヤだなと思うことがあります。その場合、その人は、立派そうに見えても立派な人にはなれません。人間の中に持っている価値観や真理を導き出すのがこの部屋の目的です。

若者と政治

若者の政治離れの原因は政党政治が有権者の意志を反映していないことにあります.元々若者は大人に比べて理想を目指す傾向があり,それをやり遂げるエネルギーもたくさんあります.にもかかわらず,政治に無関心になるのは,マニフェストを信じてある政党に入れても,それを守らないことにあります.ひどい当選者では無所属から政党に入ったり,政党を変えたりします.当選した後には何もしても良いのなら,有権者をバカにしているとしか思えません.これを避けるためには議院内閣制はやめて総理大臣を直接選挙で選ぶことが望ましいと言えます.また,立候補者の学歴は公表する必要は無いと思います.なぜなら,学歴の高い人はいわゆる学校秀才で,記憶力は良いかもしれないが,実際の実行力は無い,頭でっかちが多いからです.特に官僚から政治家になった人にはその傾向が強いと思います.意志や志の低い人にはこの国を任せるわけにはいけません.そういう人々は権力にこだわり自分の地位を守ることにこだわるからです.

イラク戦争

 再びイラクで日本人が人質になりました(2004年10月26日)が,日本の新聞やマスコミはおおむね,自衛隊の撤退はしないことを指示していると言っています.でも,イラクへ自衛隊を派遣することをあれほど反対していたのに,これはどういうことでしょうか?ジャーナリズムの責任感の無さを感じます.イラク派兵時は国民も反対していたはずだから,今更撤退するのは問題ないと思うけど,アメリカの影響をもろに受けています.国民よりアメリカを取るのですか?と小泉さんに聞きたいです.アメリカのお金がそんなにほしいのですか?お金では幸せにならないことはもうわかっているはずですこれ以上お金があっても,貧富の差が広がるだけです.一人の国民を守るために,国が動くなんて,すばらしいことだと思います.人質が100人なら,撤退するのですか?と聞きたい.他の国のまねをして,国益をはかると言いながらやっていることは,国民を多数としか見ていないから1人くらいどうなっても良いと言う魂胆が見えます.民主主義だから仕方がないという理由は現状維持しか考えていない賤民でしょう.

民主主義と軍国主義

 日本は他の国とは違うと言うところを見せてほしいものです.このままでは国と国の対立が続くでしょう.国益というもっともらしい理由を付けて,国という怪物が居る限り...社会契約論で民主主義において,国に何かしてもらうのを求めるのではなく,国民が何ができるかを考えようと言ったのは,ルソーですが,ケネディも同じことを言ってこちらの方が有名になりましたが,絶対王政や民主主義の初期にはそういう考えがありましたが,世界が民主主義になっても国と国との争いは無くならないと言うことや,人間の不幸が無くならないと言うことから,民主主義イコール平和という考えは当てはまらないと思います.国益を損なうというと,血気盛んになる人がいて,非国民と叫ぶ人が現代でも多数います.そういうネオ軍国主義(国体)がはびこるのを感じるのは私だけではないと思います.天皇も国家斉唱や国旗掲揚を義務化するのは望ましくないと言っています.私はこの一言で救われた気がしました.2度と戦争はしないと誓って,戦後の民主主義を一番近くで感じていたのは,天皇だからです.

Q1.世の中の閉塞感はどこからやってくるのか?

 理想を求める情熱が無くなり、ただ定められた規則に従って仕事をこなしていくような官僚による政治支配が広がっていることだと思います。学校においては、優れた人がいるといじめによって、自分たちのレベルまで引き落とすことがあります(水平化)。一般の社会では、みんなと同じように適度の暖かさと適度の刺激を求め、争っても疲れないように適当に和解する。それを幸福だと信じている人間が増えています(おしまいの人間)。これが閉塞感の原因だと私は思っています。

Q2.アメリカの考え方とは?

 アメリカの考え方はヨーロッパとは異なります。アメリカは神や自分の経験を越えたことを追求することより、我々の周りにある具体的な問題を解決することが重要と考えています。つまり、絶対的な真理など無く、人間にとって有用かどうかが、価値の基準になると考えています。このプラグマティズムは開拓精神につながり、今のアメリカの活力の源になっています。この考え方は日本でも若い人にはわかりやすいのですが、結果ばかりを重視するため、不純な考えでも非難されません。イラクに対する方針も、単純で、戦争後のことをあまり考えていないというか、自分たち以外の考え方に対しては理解を示しません。もしかしたら本当の理由はアメリカ(日本も含めて)には戦争でもうける企業がたくさんあるからかもしれないです。プラグマティズムでは科学が進めば人間のいろんな問題が解決すると考えていますが、科学が進むほど、人間は機械化されて、画一化され、自分の仕事も、他のだれとでも交換可能になって行くと考えられます。

Q3.ヨーロッパの考え方とは?

 神が存在しないとすると、人はたった一人でこの世に投げ出されたわけで、だれにも頼れず、自分が何のために存在するのかわからないわけです。そこで、自分たちの行動のよりどころとする物がないので、非常に不安になります。そのため、真の意味での自分らしさ、主体性を確立しようとする考え方です。つまり、人は人間である前にすでにそこに存在している(生まれている)ので、そこから人間らしさや自分らしさを追求することです(実存主義)。

Q4.現代における日本人の生き方とは?

 第2次大戦後、すべての国民が平等になりました。憲法でも働く義務が全員にあり、昔のように働かないで、政治や経済や哲学のみを考えていては食べていくことが出来ません。このことが、保身につながり、汚職の原因になっています。しかし、このようなアメリカの考えで作られた国ですが、国民である以上は不条理なことでも、従わなければいけません。個人のつきあいでは、不条理なことをされたら、不条理なことで返すのは、良くありません。悪口を言われたら、悪口を言うとかですね。それでは、その人も自分にひどい仕打ちをした人と同じになってしまいます。つまり、国に対しても同じように、自分が正しいと思うことは、法律に反した行為でも行えばいいのですが、自分が国の保護を受けている限りは、国の法律に従った制裁を受けるのが正しいです。

Q5.理想の国家(目的の王国)とは?

 基本的な生活の場として家族がありますが、ここは愛情を基本原理として家族のそれぞれがお互いに助け合っています。しかし、家族を養うために社会に出ていくわけですが、ここでは、いかに平等や自由があるとは言え、競争と欲望という家族とは反対の仕組みがあります。このため、利害の衝突が起こり、いろんな問題を起こします。そこで、国家が必要になるわけですが、国家の役割としては、個々の人格を保護し、なおかつ自由があるところ、つまり、家族と市民社会が一緒になったところが理想の国家と考えられます。そして、すべての人間が善を知り、それを実行できるならば、法律も国家も必要なくなります。

話が難しくなりましたので、もう少し、身近な問題で考えてみましょう。

Q6.そもそも自由とは何でしょう?

 外的なものに影響されているようでは自由とは言えません。つまり、「もし〜なら〜をしよう。」という功利的な打算による行動や、感覚的な原因(気分)による行動では動植物と同じで、自然の摂理に従って行動しているだけです。これに対して、感覚的なものに影響されず、「〜は〜である。」と条件なしに行動するなら、その人は意志の自由を有していると言えます。(定言命法)。結果が良ければそれでいいわけではなく、本当の善い意志とは言ません。動機の良さこそ善い意志、つまり、道徳的と言えます。自然の因果律に従って、行動していれば、そこにはすでに道徳的なことも組み込まれているので問題も起きないのですが、自由な意志があるので、様々な問題が起こり、私たちは悩むわけです。

Q7.核家族や一人暮らしが増えるのはなぜ?

 昔は、子供の役割、お父さん、お母さんの役割、お祖父さん、お祖母さんの役割が決まっていました。つまり、お使いに行ったり、外へ稼ぎに行ったり、ご飯を作ったり、子守をしたり、家の修理をしたり等です。人々の暮らしが豊かになると、これらの仕事がほとんどが外注でまかなえるようになり、一緒に住んでいる必要が無くなりました。家族のそれぞれが役割を持っていた頃には、お互いに尊重していたのですが、これが無くなると、関係がうまくいかなくなり、家族が離散すると考えられます。現代では、親子の情で、家族を保持しようとするには、無理があると思われます。最近は結婚しなくて、子供だけほしいとか、夫婦別姓がもてはやされていますが、これがどんどん進むと、夫婦さえも崩壊し、個人だけの社会になり、子供の教育などかなりプライベートなことまで、国家または企業が管理運営していくことが必要になります。

今後の国家のあり方について

 現在の国家間の経済力の差が、いろんな問題の原因になっています。たとえばアメリカに対するテロも、イデオロギーや宗教の違いではなく、貧しい人々から富める人たちへの攻撃と考えられます。自国に華やかな西欧の文明が入ってくれば、うらやましく、貧富の差を実感することになります。日本も安い食物や電化製品で昔に比べれば、豊かになりましたが、日本企業の進出ででアジアの国々の貧富の格差が拡大していることを忘れてはいけません。国際問題はすべての国々の経済力が、均一化しないと無くならなず、ヨーロッパではそれが実現しました。世界のすべての国に同じことが起こるのは、まだまだ先のことですから、今できることは、他国に出来るだけ依存することのない自給自足の社会で、個人も自立し、自由に話し合えるような社会、国家が望ましいです。

マスコミについて

 かつて、テレビや新聞が無かった昔には、弁論家がその役割を担っていました。マスコミの報道していることは正しいか正しくないかは別で、大衆を説得させることが目的です。今も昔もその力は強大で、政治権力や富や権威を集めることも可能になりました。そういうことばかりにその技術が使われ、法廷では裁判官を説得させ、議会では議員たちを説得させ、ありとあらゆる場合に言論を使って説得させることを真偽にかかわらず良しととしています。つまり、大勢の人を相手にして何が正しく何が不正であるかを教えるのでは無くて、ただそれと信じ込ませるだけの技術にすぎないのです。

 マスコミはわずかな時間で重要なことを伝えて相手に信じ込ませますが、テレビや新聞を読むわずかな時間で真実がわかるわけは無いのですが、それに気づかない人々は信じることになります。科学者や医師や教師や大工など真実をそのまま伝える人はそのような技術は必要はなく、真実を伝えているでしょうが、マスコミの伝えることは吟味することとなります。何も知らない人の間では往々にして医者の言うことよりマスコミの言うことを信じることとなります。それは説得する技術が優れているからに他ならず、真実を伝えているからでは有りません。知識を持った医者たちの中では医者の言うことを信じることになるでしょう。マスコミは問題の事柄がどうであるかを知っている必要はなく、ただ、大衆を説得させるコツを使い、無知な人たちに識者よりもっと知識があるように見せかけているのです。

 何が正しくて何が不正であるかを知らないマスコミが、どちらも同じくらい報道するのは間違っています。もともとマスコミは政治を行う一つの技術であり、道徳的な物からは遠く、立派なものとは言えません。

有事法制と政治家について

 ついに有事法制が成立し、戦争ができる国への一歩が築かれました。国民に北朝鮮の脅威をあおって成立したようですが、北朝鮮もバカではないので核を使うことが損か得か良くわかっています。核は抑止力にのみ効果があるのにかかわらずそのチキンレースで競い合い、当たるかどうかわからない高価なロケットを配備したり、基本的人権や報道の自由を規制する有事法制を成立させました。官僚たちの独断で高価な武器を買って税金の無駄遣いをした上、有事法制で国のためなら国民に自由と人権を犠牲にしろと言っています。もはや憲法9条だけが日本を戦争国家にしない最後の砦です。私は理想主義者かもしれないですが、「実践無き理想は虚しい」だけですが、「理想無き実践は危険」です。非常事態になってからこの法律の恐ろしさを知ることになります。 「真理を後で知ることは地獄である(トーマス・ホッブス)」

 政治には正義や倫理がなく、国民におべっかを使いながら、権力を握ることを考えています。政治家は国民のことを思って政治をしているのでは無いので、その時々で言うことが違ってくるので嫌いです。北朝鮮との緊張が高くなっていることを良いことに、有事立法したのは、世論を悪用した不正なやり方です。緊張感を高めて、政治を思い通り動かそうとするのは僭主政治を行っている北朝鮮と同じです。非常事態には社会がまとまり、全体主義的な考えになり、国家間で利益を追求し、国家のぶつかり合いが強くなります。これは今までの戦争前の状態と同じです。本来、人間は人種が違っても助け合うものなのに、学校でも教えられたことが、実際には全く反対のことをするのは残念なことです。今後何千年たっても、人間は愚かなことを繰り返すのかもしれないですが、少しずつでも、世界が良くなりたいですし、私もその助けになりたいものです。

 今後、国民の不利益になることを、緊張感を高めて無理矢理行うと予想されます。消費税の増税やアメリカに都合の良い自衛隊派遣等です。国民のことを思って政治をするのはとても大変なことで、常識で考えるなら、長い期間は心身ともに疲れ果て、続けたくなくなるはずです。これが続けられるというのは、国民のことを思っているのではなく、自分のことを考えて政治をしているからでしょう。

民主主義が進むとすべてが平等に?

 すべての人が、平等になり、自分の権利を主張します。

 年齢間の不平等の解消については、昔は高齢者が少なかったので、それだけで尊敬されましたが、今では年をとるとオジンとかオバンとバカにされ、言われた方も未だに現役だと言うことを主張するために、若者の格好をしたり、若者の考えをまねしたりします。若い人は健康や美に恵まれていますし、年寄りはお金と経験を持っています。そして今、お互いが持っていないものを得ようと必死になっています。

 男女差もお互い無いものを奪い合って法律上は徐々に差が少なくなっています。しかし生物学的な差があるので年齢差ほどは顕著に平等化はしないでしょう。

 民主主義の進みすぎた国(アメリカ)では人間のランクは能力でつけられ、若くてお金を持っていて美形で健康でであるなら、尊敬されることになります。ただし、それを失うことになれば下のランクに転落することになります。今、社会主義が衰退していくのは、その制度ではお金が集まらないからで、社会主義の仕組みが悪いせいでは有りません。民主主義も初期の頃は個人の意見が尊重されるなどいい点もありました。しかし、社会主義と全体主義の区別がつかない官僚が制度を改悪すれば民主主義が全体主義に変わります。

 民主主義は悪くは無いですが最良ではありません。

現代の政府の役割

 すべての人がそうでは有りませんが、人は放っておくと無秩序に自分の都合の良いように行動するため、その仲裁が必要になります。その役割が政府だと考えます。すべての人が善人なら政府は必要ないでしょう。これは性悪説に従った考えです。つまり、政府に倫理を求めることはできません。倫理は個人に対して必要なものです。民主主義の元では人それぞれが平等ですから、政府の役割は、仲裁ですが、中世以前には政府に倫理を追求し、またこれを国民すべてに求めたため専制政治になりました。このころの倫理は神の教えとか天の声といわれています。

官僚主義と人間について

 平成16年4月1日から、消費税が外税方式から内税方式に変わり、表示方法が変わります。財務省は値段の比較をしやすくするためと行っていますが、今の世の中、店舗間で5%以上の値段の差もないので、本当の理由は、今後、消費税を上げても国民にわかりにくくするのが本音だと思います。

 消費税が導入されたときも、この問題は討論され、消費税をわかりやすくするためと外税方式にしていたのに、理由が変わりました。このように政府には道徳や正義を求めるのはナンセンスであり、特に、国が巨大で、複雑なほど、説明するのが十分では無くなり、本音では無く立派そうなことを言って、国民をだますようになりました。

 みなさんも政治家を選ぶときには、自分にお金が回ってくるとか、親が偉い政治家だったからとか、高学歴だからとかで選ばないで、国民のことを考えてくれる人を選びましょう。そうじゃないと官僚の良いなりになって、口先だけの政治になってしまいます。このまま、国の力が強くなると中央集権的な体制になり、国民にとって都合の悪いことは隠すようになり、どんどん管理される社会になります。

平成のファシズム

 この世で一番冷たいものは国家であるとはニーチェの言葉ですが,すでに戦争の痛みを忘れた日本人は国家の正義という言葉に踊らされて,利用されています.国家の正義は国ごとに違い,敵対国では反対のことが正義であることが多いです.テロを起こす国は兵力ではアメリカにかなわないからテロで対抗するわけで,何もされて無いのにテロを起こすわけではありません.国の利益になることなら個人を無視して,100人が助かるなら1人が犠牲になってもいいという怜悧な考えでことが進んでいます.そしてその代償は将来国民が払うことになります.国家とは姿の見えない怪物です.それにもかかわらず,国家に逆らう人を攻撃する人が増えています.日本で人間を無視し,民主主義の名を借りた全体主義が始まっているような気がしてなりません.野蛮な言葉で言えば「国家に逆らうやつはやっつけろ!」となります.


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