雑文 3
このコーナーが始まって、ずいぶん時代は変わったけれど、
一番変わったのは自分かな?
知識の整理と習作として、書いています。
177. 子供の育て方 (2022-03-01) 176. 好き嫌いをなくそう (2022-03-01) 175.2022年 年賀状のクロスワード問題(2021-12-27) 174. 10代の反抗期とうまく付き合うには(2021-09-17) 170.医師への返答の仕方(簡易版)(2013-08-05) 168.未熟な親 (2013-06-18) 167.ふとる男、やせる女(2013-05-17) 166.ダーウィン説(2013-03-08) 165.コントローラーズ(2013-02-21) 164. 精神分析と政治家(2012-12-18) 163. メイド・イン・チャイナ(2012-12-06) 162.躾と潜在意識(2012-11-29) 161.大脳皮質と人間活動(2012/10/15) 160.日本維新の会(2012/10/09) 159. エントロピー(2012-06-23) 158.愛国心について(2012-03-27) 157. 手術の成功率と薬の効果について(2012-03-26) 156.町内会と犯罪(2012-02-21) 155.経験と科学(2012-01-19) 154.おまじない(2011-11-25) 153.無題(2011-11-22) 152.性格の不一致(2011-11-19) 151.流行と記憶力(2011-11-07) 150.量子哲学(2011-11-05) 149.逆転する?(2011-10-11) 148.免疫と癌(2011-10-08) 147.だいたい、代替療法というものは(2011-10-07) 146.取説(2011-09-22) 145.リサイクル(2011-09-16) 144.ボランティアの心理(2011-09-13) 143.貧富の差について(2011-09-12) 142.いい子病(2011-09-06) 141.免疫抑制剤(2011-09-02) 140.医療費の削減のために考えてみた(2011-08-30) 139.男社会、女社会(2011-08-26) 138.講演会の工夫(2011-08-25) 137.精神的に健全な人の特徴(2011-08-23) 136. 寡頭制と民主制(2011-08-23) 136.リビドー(2011-08-17) 135.車と運転(2011-08-16) 134.芸術論(2011-08-15) 133.閑暇(かんか)随想(2011-08-13) 132.麻薬中毒(こども版)(2011-08-09) 131.麻薬中毒(2011-08-08) 130.相対的貧困率(2011-08-02) 129.スポーツ論(2011-07-28) 128.自由がない(2011-07-09) 127.うつ病と物欲(2011-07-08) 126.物心(2011-07-07) |
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事件が起こると、いまだに小さい頃の育て方が悪かったからこういう人間になったという意見がある。フロイトが言うには子供の頃の経験ですべてが決まるらしい。大衆の間ではいまだに根強い考え方だ。精神科医にしたらとんでもない話らしい。兄弟で同じ家庭環境に育っても全く違う人間になるし、つまりは自己責任になるわけである。自己責任イコールDNAと言うことになるが、結局、親の遺伝子を受け継ぐから、親の責任になるわけだ。殺人は親の責任かもしれない。凶悪なDNAを改変できれば親責任論はなくなるわけで、もしくは家系やDNA解析で、将来犯罪者になる可能性が高いヒトは治療を義務づけるなど予防方法はある。もしくはあきらめることが最終的解決策になる。ヒトはあきらめないから悩む。私も治せないわけじゃないけど患者にはあきらめることを勧めている。とくに性格を直してほしい、定年後を充実したい、親の貯金が少ない、自分の貯金が少ない、妻に恵まれない、夫に恵まれないなどあきらめることで解決することが多い。つまり高望みしすぎるから悩むのだとおもう。 好き嫌いをなくそう 子供に嫌いなセロリを食べさせるために色々な工夫を紹介する番組を見ていた。でもそこまでしてセロリを食べさせなくてはいけないか?恐竜は親から「石ころを毎日、10個食べること」と言われなくても、食べていた。酒を飲めとは言われなくても、アル中になる人が居るし。正しい生き方、正しい食事は自分で決めれば良いし、自分が納得しないことをやっても後で後悔する(何をやっても後悔するが)。健康に良いから、安売りされていたから、残ってしまったから、道徳的だからで、食事を決められても困ってしまう。いいものを食べろと言われても、答えようがない。いい食べ物とは美味しいものなのか、カロリーの割りに安いものなのか、長生きできることなのか答えようがない。その人自身が納得してたべるしかない。 ちなみに私は好き嫌いがない。高級料亭の弁当だろうが、有名店のステーキだろうがこだわらずにいただいている。こんな風に自己主張せずに好き嫌いが無いと言うことは謙虚だからだ。加えてハンサムなせいもあると思う。 2022年年賀状 クロスワードパズル問題 タテの欄 1.英語と日本語が上手に話せます。 2.年越しに沖縄では○○○○○。 3.ミカン科の常緑低木樹。 4.ゆるキャラ2011年グランプリ。 5.急降下すること。 ヨコの欄 1.和音で演奏すると、音楽に奥行きが出ます。 4.出過ぎると打たれます。 6.抗がん剤、免疫抑制剤として使われます。 7.小浜湾を観光船で○○○めぐり。 8.子爵の下。 9.ほうれん草に多い。植物が紫外線防御のために持っている。 10代の反抗期とうまく付き合うには 青少年の反抗期にうまく対処できない場合、犯罪や、自我の確保の困難さから閉じこもりに至るケースが多い。賢い親だからうまく育てられるとは限らない。青少年の自己尊重やグループ内の順位をうまく管理対処できる親が成功するのである。論理的に若者を説得(将来のために勉強をしろ、悪い仲間と付き合うな、ゲームばかりするな、ジャンキーなお菓子を食べるな等)してもうまくいくのは中学1年生くらいまでである。それよりも、ゲーム会社や製菓会社の社長は自分の子にゲームをさせないとか、ジャンクフードを食べさせないという話をした方が効果的である。とくに成熟度の高い若者ほど、このやり方が効く。「黙って大人の言うことを聞いておけば間違いない」と上から目線の説教では逆効果である。社会的、人間的成長はゆっくりであるが、感情や報酬や仲間意識は急速に発達するため、それらを考慮して相手を尊重するアドバイスが有効である。言い方を変えるだけで大きなプラス効果が得られる。青年期こそやっかいな期間と考えず絶好な時と考えるべきである。 3歳までに余分な脳神経の刈り込みが行われるが、青年期に再び刈り込みが行われる。このような時期は学習の好機でもあるが、悪影響を受けやすい時期でもある。その結果、酒や薬物は若いときから始めると依存症になりやすい。 若者には保護的支援が必要であり、また社会に貢献することで自分に価値があると感じることができるようにする。貢献する相手は、家族や仲間、もっと大きな社会でも良い。 若者の自殺を避けるには、視聴するドラマは解決に向けた話題の方が良く、考え込むような話題は避けた方が良い。オンラインオフラインの友達も悩みを解決を手助けするより、問題をあおっている場合があり不都合なことが多い。 介入する時期であるが、問題の起きる10代後半ではすでに遅く、早期から些細で持続的な介入が望ましい。3歳までの脳の可塑性は、思春期に再び起こるのであるから。 まとめ 1)若者はステータスと敬意を求めている。 2)なにかに貢献し目的意識を示す必要がある。 3)適しているのはボランティア活動で、それも決められた活動では無く、自分たちが考えたもの。 福井県で2021年5月24日から、福井県単独でドクターヘリを運用できるようになった。それまでは岐阜県のヘリコプターを借りていたため、月に1回程度の運用であったが、今や一日に3-4回の出動がある。自分の医院の近くに県立病院があるため、かなりの騒音を発する。運用は日没までとなっているが、日によっては暗くなっても飛んでいることがある。県立病院は住宅地にあるため、住民の中には騒音について不平もでている。自分としては、事故で亡くなることを覚悟の上で、勤務する人たちに尊敬の念を抱く。乗り込んでいるH医師と顔見知りのため、なおさらである。ヘリコプターの事故率は10万時間(11年間)に1件で、意外にも飛行機より少ない。 使われている機種は川崎重工製BK117C-2で、メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社との共同開発である。ローターの大きさは11m、重量3.5t、航続距離700km、テールローターはフェネストロン(騒音が低い)ではなく通常タイプである。価格は4.7億円(米国)、ターボシャフトエンジンで1100hpである。 |
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元小学生(元幼稚園児でも良い)の私が現役小学生と対談(立ち話)したら,ずいぶん様子が変わっていた.おなかが出ていないとか,近所を歩いても膝が痛くならない以外にも,噂によれば夏休み中の登校日が無くなり,ラジオ体操が強制ではなくなったらしい.それから,給食で嫌いなものがあると,無理に食べなくてもよいことになったらしい.元小学生(私)は好き嫌いがなかった(空腹だったからかもしれない)からそれについてのメリットは無い.昔,ちょっとしたお金持ち(会社の社長,幹部,会社の部長,自営業,金持ちといえば,これくらいだったと思う)の子供が読んでいた「小学○年生」や「たのしい○年生」が次々と休刊になっているところをみると,子供の興味が多方面に向いていることがわかる.私は親が買ってくれないから借りていたが,月遅れだった.そのあとに借りる奴は2ヶ月遅れだった.いつの時代にも下には下がいるものだ.最後の奴はもう返さなくても良かった.考え方を変えれば,読み終わった本を借りるのじゃなく,自分の本を先に読ませてやるということにしてもよい.所有物の定義はいろいろある.名前を書いてあるとか,お金を払ったから自分のものだとは限らない(土地や貨幣には名前が書いていない.盗品の場合,お金を払っても自分のものではないなど) 広く浅くではなく,狭く深く知識を求める子供が増えている.しかし,その嗜好がアスペルガーに似ているのがやや気になる.広く浅く知識を持っていないと友達は限られてしまう.以前は学年が違っても,みんなが楽しめる遊びを考えて一緒に遊んだ.町内でも10人以上の友達とかくれんぼや鬼ごっこをした.雨の日や女子が多い時にはおままごとや折り紙や草で首飾りを作ったり,将来,内職に役立ちそうな遊びをした.初めての頃はつまらなかった.おつきあいでも,熟練すればだんだんと楽しくなっていくことをそのとき学んだ. 小学生の集団登校も徐々に減っているらしいが,車を持っている家庭では(田舎は全員車を持っている)直接学校へ親が送り迎えしているらしい.同年代で,同じ趣味で,同性で友達を選ぶから親しくなる度合いは大きいが人数は少ない.町内に住む全員の子供の顔や性格,親の職業,親の性格,兄弟がいるか,兄弟の性格,兄弟の通う中学や高校まで知っていた昔とは別世界のようだ. 個性が豊かになっていろんなことにこだわる人が増えているのに,貧乏やブスにこだわる人がいないのは不思議である.社会とマスコミは未だに給料や知名度や地位,女性だったら美容にこだわっている.お金にこだわるなという人も増えているが,実際はこだわる人が多い.だから宝くじの賞品が現金だと思う.賞金の代わりに勲章や賞状を上げたらどうか?「あなたは何度はずれてもくじけずない冒険心にあふれた人です」とか,「あなたはついている人です(この夏は)」などを書いてあったら喜ぶかもしれない(怒ることもある). 価値観が多様化した人が増えているのに,世の中の価値観は変わっていないとなれば,貧富の差が広がる気がする.子供の頃に個性を出すように教育され,成人したら梯子を外されるのはいやなものである.そう言えば中学高校のマラソン大会も競歩大会と名前を改められ,ハイキングみたいなものになっている.長距離走が苦手だったモトショウ(短縮しました)には,うれしい変更である. あー,今の小学生になりたい! |
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同い年のおじさん(私を含む)が集まると子供(私を含まない)の将来ついて話題に上ることがある.親は子供の成長に合わせて、人生の四季を感じるらしいから、ちょうど今は秋ぐらいかな.話題は有名校に合格しただの、大手企業への就職が決まっただの、東京で官僚になったという自慢話が多い.自慢にしたいのはわかるが、物理的に偏差値や給料の高さや退職金の金額など数字に表せる場合だけ自慢している.その人たちにとって、子供の優しさや誠実さ廉直さなど数字に表せないものは、自慢には成らない. ある知人の娘が石川県で有名な医学部に入ったが、跡継ぎにするつもりが、仕事があるからという理由で福井には帰ってこないらしい.親にとって成功した(と思っている)子供は家に寄りつかないみたいだ.親は子供の成績だけに気を取られて、他の人間の部分は見てこなかったのでしょう. 外来で、息子から雑誌(毎月、模型の部品が付録になっている)の定期購読のプレゼントをしてもらい、「ハーレーダビッドソンの模型をくみ上げたんだ.」と、その写真をくれたおじさんがいた.自分の周りの自慢好きに比べて、聞き入っても心がモヤモヤしなかった.
厳しい家庭でも性格的に切り抜けられる子供なら、自分で人生を切り開いていける...ただし、両親とは疎遠になるだろう.もし感受性が高い子供の場合、行動に矛盾を起こすような躾(子供に家庭で守るべきルールを科しながら、親自身はそれを守らないなど)を繰り返されると、不安神経症や統合失調症に陥ってしまう.その場合、ニートや犯罪へ走る可能性がある. 人ごとだけど、確かに子育ては難しそうだ.しかし、人間を育てるという崇高でやりがいのある仕事は他には無いと思うけど. |
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突然、医者から聞いたこともないような検査や治療を勧められて、どう答えたらいいのか困った場合について考えてみる.「主治医の機嫌を損ねる.」とか、「私には全く知識がないし、怖いけど言われるままにしよう.」なんて悩む人が多いと思う.そういうときには大抵、「一度帰って家の者と相談してみます.」と言葉を濁すことが多いようだ.しかし、家の者と相談しても家の者が医者じゃない限りその判断は出来ないのである. 医者が怒り出さないか不安? それよりも、その治療や検査に関してわからないことを素直に聞いたほうがよい.「常識だからバカにされるかも?」と思っていることでも、率直にその検査や治療の長所と欠点を尋ねると良い.ただし、医者も人間だから、自分が不安に思っているところを指摘されると、不安を悟られまいと、怒り出す医者もいるだろう.そこで、めげないで、相手が怒り出すのならたぶんその治療についてはあまり自信がないのだろうと考えることだ.日本人は親から怒りの感情を表に出すことを抑えるようにしつけられているので、怒っている人を目の当たりにすると平常心でいられなくなってしまう人が多い.怒っているのはその人の心の中にある不安や恐れが原因である.ただ「わかりました.」と冷静に対処すればよい.その後、別の医者に相談するのが良いだろう.無理に医者を怒らせる必要はないが、その医者が不安に思っている分野がわかる. うわさに注意 慢性肝炎にインターフェロン治療を勧められたとき、噂ではとてもつらいという話を聞いていたとしよう.治療に対して迷うときには、その副作用は命にかかわるのか聞くこと.実際、発熱や体のだるさや脱毛などの副作用なら耐えられるのである. 医者の年齢によっても、対応は変化する.30-40代なら、理想主義だから、とにかく新しい治療や手術(症例が少なく、製薬会社の高額な開発費の回収や、医者のキャリアアップのために成功を強調しすぎている)を勧めてくるだろう.自分の周りに相談できるかかりつけ医がいれば、その医者に聞くのが良い.50-60代なら、医療の限界について理解しているので、最先端の治療や手術を勧めることは少なくなる. 患者から質問することは1つだけにしぼる.副作用や手術が失敗したときの結果(後遺症が残るのか?死亡?)現在、致命的な状態じゃないなら、後遺症を残したり死ぬことのある治療はお断りした方が良い. 医療はサービス業だと言われているらしいが、私はその考えには同意できない.病院の経営を続けていくために、必要のない、もしくはあまり効果のない薬や検査や手術を行っている医者や病院は、患者を増やして満足度を上げればいいわけだから、商売と考えても良いだろう.ところが、快い治療ばかりを行えば、医療はエステ、美容院、レストランと同じレベルになる.それに税金を使うのは無駄だ. 私立病院や開業医で気をつけること サービスの良い医療機関(財団法人、私立、開業医に多い)とは少ない投資(サービス)で多くの利益を上げようとする.確かにそういうところは医療事故を起こすことは少ないかもしれないが、不必要な治療をされることが多い.以下の手術や検査は勧められたら一度考える必要がある 【ほとんど必要のない手術】 冠動脈バイパス手術 【あまり必要のない検査】 冠動脈造影 マンモグラフィー(偽陽性が多く、手術になってしまう。被爆量が多い) 【あまり必要のない手術】 腰の手術 帝王切開(産婦人科で1番多い手術) 子宮摘出術(産婦人科で2番目に多い手術、一緒に行われる卵巣摘出術も) 扁桃摘出術、アデノイド切除術 頸動脈内膜剥離術 狭心症発作に対するカテーテル手術 椎間板切除術 【あまり必要のない薬】 抗コレステロール薬 抗うつ剤 【不必要な場合が多い手術、治療】 前立腺肥大の手術 胆石手術 痔 白内障 ヘルニア(脱腸) 癌の手術 化学療法、放射線治療(癌は治っても、副作用のため生存率は変わらない.統計上は他病死は除かれるので、治療成績が良いのである.) 大学病院や公立病院で気をつけること 反対に公立病院、大学の付属病院では、医者のキャリアアップや注目を浴びるために危険性の高い手術や検査を選択する.やはりここでも患者が質問することは一つ. 患者「その手術(検査)で後遺症や死ぬことはありますか?」 医者「それはゼロとは言えない.」 患者「では、死ぬこともあるのですね?」 医者「だからゼロとは言えないと言っているでしょ.でも、滅多にないから大丈夫です.」 あなたが1年以内に死なない状態なら、その治療はやめた方が良いです. また、手術は一般的に都市部の病院や中央の大学病院の方が上手である.しかし後遺症に関してはそれほど差がない.従って、手術の上手下手は治療効果に現れるが、不可抗力である医療事故や後遺症については発生率には差がない. 誠実な対応とは? 医療訴訟が当たり前にマスコミで取り上げられるため、医者の方は徐々に患者の訴えに対して正面から取り組めなくなっている.複雑な症例(患者の性格、難病など)では、必ず逃げ道(他科や他の医療機関)を残しておかないと対応できなくなっている.しかし実際の医療訴訟では患者側が勝訴する確率は訴訟件数の増加に伴って、低下してきており、約30%である.それでも、医者は訴えられることによって、評判の低下、裁判による時間的、精神的、金銭的負担があり、非常に恐れている.M3の医療者たちの掲示板を見ても、誠実な対応だけでは、医院経営は出来ないという意見が多い.医学は確かに進歩しているが、それ以上に患者の期待が高まるために、患者の不満は高まっている.以上のことを考慮に入れれば、医者に多くのことを期待するのは無理がある.ある程度、自分の病気の落としどころを考えておくと良い.例えば、原因不明の腰痛で整形外科をかかったとしよう.医者がMRIを撮影して「腫瘍もヘルニアも骨折もないから大丈夫ですね.」と言われたが、自分としては腰痛があるのだから何とかしてほしいと思う.それで医者は痛み止めとビタミン剤で様子を見ることになるのだが、患者は不平を貯めたままである.勝ち気な人なら「痛みの原因は何ですか?」と聞くが、医者も「わからない」としか言えない.つまり、ここで医者に不平をぶちまけても何の解決にもならない.相性が良くないようなら、他の医者に診てもらうのがよい(これは日本の医療のすばらしいところである.外国では指定された医師以外は見てもらうことが出来ない).そこでも同じ診断なら、この病気と長くつきあっていくしかない. 医療に望めること 医療は原因がわからなくても、つらい症状を取り除くことは出来る.その場合は最先端の薬や手術は必要がない.漢方薬などの代替治療がいいかもしれない.近年、遺伝子組み換えで微生物に作らせた医薬品がもてはやされているが、分子量が大きいのでアレルギーや未知の副作用が懸念されるため、適応に限界がある.また医薬品の新製品は必ず以前の薬より効果が高いことが約束されているようだが、効果判定で良い結果が出るような操作が大学で行われていたことが、最近、ニュースになった.昔から製薬会社のデータの操作や医者や関係官僚への賄賂(治験費、研究費、協力費と名前を変えている)があるのですべてを信じることは難しい.これより導かれる患者の対応として、新しい治療や手術にはすぐに飛びつかないこと.例えば、近視治療としてRKという角膜を放射状に切開する方法が20年前にはやったが、すでにこの方法は術後にグレア(まぶしさ)があったり、長期的に遠視が進行することがあるため最近では全く行われていない.致命的な病気でない限り、新しい治療に関して少なくとも10年は様子を見るのが良い.華やかに見えた最新治療も10年ほどしたらほとんど残っていないのが実情である. 人類の平均寿命の延長は、ほとんど公衆衛生の向上と栄養が良くなったからである.医療が果たした役割はとても小さい.ところが、人類の平均寿命が倍になったのは現代医学の進歩のおかげだと考えている医者や一般の人がとても多い.たとえiPS細胞で臓器移植におけるドナー不足が解消されても、ほとんど平均寿命は延長しない(ただし、医療にかかるお金は倍になりそうである).以上のことを考慮すれば、医者との返答はおのずと現実的になる.夢のような治療を期待し、期待させるのは、お互いに不幸である. 夢のような治療があるように思わせながら、実際にはそのような治療もなく、医者も防衛的になっている現在の状況は歴史上恵まれない時代かもしれない.ただ治療ができなくても、患者の心の痛みや不安、恐れをケアすることは出来る.本来はそれを行うのが医者の役目だと言える.宗教家のように神を信じて、死後の世界へ旅立つことを恐れない信仰心を持てる人は幸せであるが、信仰を持てない人も多い.そう言う人には、医者が宗教家の役割を果たすのでは?と考えている.心理学的に病める人の心を癒すことが出来れば申し分ないが、やはり完全に治療を捨て去るのは医者も患者も難しい.特に若くして難病や不治の病に冒された人には、なかなか納得できないだろう.長い人生経験、つまり年を足らないと、現世をあきらめることは出来ないのである. 一つの治療に固執する医者の場合 一つの疾患に対して、医学的に一番良いと言われている治療が医学雑誌や論文やガイドラインとして表に出ている.そのため、それ以外の治療を選ぶ医者は藪医者だと思われている(法曹界でもその風潮があるので、医者は訴訟を怖れてなおさらそれ以外の治療が選択しにくい).たとえば慢性肝炎に対してインターフェロンしか治療の選択枝を持たない医者がいるとしよう.その場合、ダメ元で「それ以外の治療はしてもらえないでしょうか?」と聞いてみるのも良い.「それしかない.」と言われたら、「それ以外の治療をしてもらえる医者を紹介してほしい.」と頼んでみる.運が良ければ(その医者に知識と経験があれば)、肝臓の専門医を紹介してくれるかもしれない.運が悪ければ、自分で探すしかない. (つづく) |
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一般に人間は年を取ると性格が丸くなるらしい.「亀の甲より年の功」なんてことわざがあるにもかかわらず、高齢者の中に自己中心的な人が目につく.そういう人は若いときから自己中心的な性格であろう.しかも自分の性格に悩むことがない.裕福な家の場合、見かけの立派さから、人格的な欠陥を隠すことが出来る.親がお金持ちだと一生懸命働くことが無い.それは、性格的問題によって就職しても長続きしないからである.さらにその性格的欠陥が強いと、犯罪に手を染めることになる.運悪く(運良く?)捕まれば、少年院または刑務所に送られ、矯正のための教育を受けて、ある程度真っ当になって社会に戻ってくる.しかし、親が地元の名士だったりすると、不祥事は揉み消されることが多い.また働かなくても生活には困らないから、家でぶらぶらしていても、肩書きは不動産の管理会社の専務でも名乗っておけば、無職という世間からの批判からも免れる.つまり、裕福でわがままな人間は、矯正されることなく、その性格のまま老人になるのである. 自己中心的性格とはむら気、責任感の欠如(自分に都合の悪い出来事があると人のせいにする、もしくは人を責める)、攻撃的、セックスを好む、反省をしない、パートナーに飽きやすい、初対面では非常に人当たりが良い等の特徴がある.また男性に多く、女性の2-4倍である.そういう人の中には社会的には成功している人もいるが、ほとんどの場合、プライベートな環境では家族への暴力、乱暴な車の運転(反社会的行動の一つ) 等の特徴がある.情緒的なことに興味がないため、家族はとても苦労をする.成人すると子供達は家に寄りつかない.真っ当な職業を続けている人の中に自己中心的な性格の人は少ない.また、外見的なスマートさや知能の高さでうまく自分を隠すことが出来るので、女性は関わり合いにならないように注意が必要である. 芸能界やスポーツ界や政治の世界には、自己中心的な性格でも通用するどころか、攻撃的な性格が返って成功につながる場合が多い.たとえば、サダム・フセインは暴力的で非常に利己的な人であり、目的のためには手段を選ばないことが彼の出世を早めた.OJシンプソンもスポーツ界で非常に成功した人だが、少年時代から暴力的で犯罪歴があった.攻撃的な性格がフットボールでは都合がよい.最近、亡くなった日本の俳優の自叙伝を読むと、自己中心的性格から離婚歴が多く、虚言、パラノイヤなど人格障害が疑われるが、それが個性になり芸能界では成功している. |
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核家族化の弊害が言われて久しいけれど、本当の問題は育児などのテクニカルな問題ではないと思う.子供にとって、親は最初に経験する人間関係であり、圧倒的に親の力が強いので、子供にとって親は神のような存在である.親子関係とは一般社会における人間関係とは非常に異なった不平等な関係である.しかも、親はせいぜい20代から30代の若者である.未熟な人間が絶対的な力を持った場合、独裁者の国(身近では北朝鮮を考えもらうと良い)の様子を見ればわかるように、本音と建て前が使い分けられ、外面に異様にこだわり、国民(家族)は自国(家庭)の悪い部分を必死に隠そうとする.上からの意見を通すために、取り締まりが暴力的で密告社会で、上の人たちにたてつくことは出来ない.逆らえば、「社会的に通用しない」とか「それでは食っていけない」「生きて行くには悪事も仕方がない」と国民を教育する点でも独裁的な家庭とよく似ている. その場合に、昔なら精神的に円熟したおじいちゃんやおばあちゃんが、間を取り持ったり、親に忠告したり、子供の味方になったり、家庭の雰囲気が良くなったのである.親が不在の時に、子供の面倒を見るのがおじいちゃんやおばあちゃんの重要な役割ではなくて、家庭の中の風通しを良くして、家族全員を精神的に成長させていくことが重要な役目だと思う.ただし、おじいちゃんやおばあちゃんが発言権を持つにはそれなりのお金を持っていることが必要だ.子供達に生活の世話になりながら、強い意見は言えないのである.おじいちゃんおばあちゃんは、同居するからと、子供達にお金を全部使わないで、自分たちのために少し貯金を残しておきなさいということ.
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これまでに心理がいかに人生に影響を与えるか述べてきた.さらに健康についてもすでに判明していることを証拠にこの理論を進めてみよう.日本では、戦後の食糧難の時代を知っている世代は、70代半ば以降だが、現代の家庭では、その人たちが威厳を持って孫やひ孫に意見を言える時代ではない.そうなると、両親や祖父母から「たくさん食べて健康になりなさい」と教えられたと言うより、男の場合は心理的に強く大きく見せたいためにたくさん食べ、結果として肥満につながる.女の場合は適齢期には少しでも美しく見せるためにダイエットに夢中になる.かくして他人の目を意識しやすい10代後半から2、30代の男女は、女は痩せ、男は肥満という栄養学的にはどちらも偏った状態になる. 男の場合は、結婚後も他の男に比べて大きく強く見せたい願望が、 ー 特に社会的に出世のできない層に多い.社会的に上に属する人たちは体格で自己をアピールしなくても良いからである ー その後の肥満につながる.多くの医者や公衆衛生学の先生はストレスや運動不足をその原因にしている.確かに中年以降の肥満はそれが原因であろう.しかし、20代30代の肥満の原因は別の所にある. 女の場合は、結婚をするか否か、もしくは結婚や恋愛をあきらめるかどうかで肥満になるかどうかの分かれ目になる.女は結婚後は、男の目を気にしなくても良いわけだから、本能的に子育てや家庭の運営が最も重要な事項になる.つまり、結婚後に太る女は良い母親であり、幸せな家庭だといえる.反対に痩せる女は、関心が家庭になく、未だに家庭の外に幸せを求めていると考えられる.その場合でも、中年以降はあきらめも加わり、食事のみが楽しみになり、太り出すだろう. 男の場合は、家庭を持っても人生のゴールはまだ先であり、競争本能の強い人は手っ取り早く自分をアピールするには体格を誇ることが簡単である.また同時に、代謝の低下があって肥満しやすいことを知っていても、まだ体力に自信があり、痩せるよりは太っている方が、見栄えが良いと思っているので、自己管理を怠ることもその原因であろう.これは男の方が親からのコントロールの影響を受けやすいことを示している.たぶん彼の父親も祖父(戦前生まれ)から、太っていると男ぶりが良いだの健康だのと言われ続けてきたからである.女は親からのコントロールは受けにくいが、パートナーからの影響を受けやすいようだ.特にそのパートナーを愛しているとか尊敬しているほど影響されやすい.ただし、コントロールをする男がパートナーである場合は別で、愛情が無くても影響を受けるだろう. 医学的な代謝の低下や前糖尿病であるとか食生活やストレス云々よりも、人間の場合、心理的作用の方が非常に大きい.だって、人間は動物と違って頭で何でも考えることができて、それを実現できるから.戦前であれば、貧しさで太れなかった人たちが、現代日本では飢えがないため、心理的作用がそのまま肥満や痩せとして現れる. * * 人間は生物の中で最も自由であり、宇宙の誕生時にできた量子のようにその位置と運動は予測できない.つまり全体として統計的には行動が予測可能であるが、個人個人としては次の瞬間に何を考え行動するのか読めない.
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ダーウィンが種の起源を記してから、100年以上経過し、今では小学生でもこの学説を信じない者はいない.つまり、遺伝は人間が決めることではなく、突然変異でしか遺伝子変化は起こらず、次世代への生態的な相続は生物の力ではどうすることも出来ないと言うことである.突然変異が有利に働くようなら、その生物は繁栄し、不利に働くようなら死滅する.このような確率的な方法で、人は進化してきたというのである.進化論の発表された当時は疑う人も多かったが、今やDNAがただの塩基配列だと判明したので、更に突然変異による進化過程が起こっていると信じやすくなっている.これに対するラマルク論は、環境によるバイアスが遺伝子に変化を与え、より有利な形質を持って次世代に伝えられるという考えである.ネコの尻尾を代々切り落としたら、いつかは尻尾が短いネコが生まれるというような簡単な話ではない.カンメラーの実験ではこうである.川のそばにすむサンショウウオは卵生であり、乾燥した高地に住むサンショウウオは卵胎生であるが、そのサンショウウオを入れ替えて、すむ場所を変化させると、数世代後には卵生と卵胎生が入れ替わるという実験である.ダーウィンのガラパゴス諸島でのイグアナの研究は、あくまでも観察であり、推測が混じっている.カンメラーのように、飼育して環境を変えてみたらどうなるであろうか?突然変異が原因なら、何世代飼育しても海に住むイグアナと陸に住むイグアナの形質は入れ替わることはないであろう. 短期間に起こる形質の変化は、自然淘汰による進化論では説明できない.つまり、遺伝情報の中には多くの形質がすでに存在し、環境の変化によってそのスイッチが入るとその遺伝子は次の世代にも受け継がれると考えられる(自説).環境の変化以外にも、自分の代で努力した能力が、子孫にも伝わることもあり得ると言うことだ.スポーツ選手の子供が運動能力が高いのは、確率的に考えると親の遺伝だけでは無いと考えられる. 生命の進化については未だにわからないことが多いので、正しいのはダーウィンの進化論だけではないから、みんなもいろいろと考えてみるとおもしろいと思う. |
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約6カ月前になると思うが、仕事の帰りにブックオフへ立ち寄った.紳士らしく万引きをしないで、立ち読みしていた.105円のコーナーに一冊の新しい本が目立っていた.アメリカの精神科医のM.スコット
ペックが書いた「平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学」という題名だった.やけに激しい題名は関心を持ってもらいたいからかなと、それほど期待しないで買ってみた.アメリカならこんな人がいるのかなと思い読み進めていくと、平気でうそをつく人たちとは虚偽を巧妙に使うため、「何となくこの人と話していると気分が悪いかな」と感じても、原因を認知できず関係する人たちは悪影響をうけてしまうことが述べられていた.思い当たる節があったので、一気に読破してしまった. 読んでしまったら何となく心が落ち着かない.今までに積み重ねられた経験がひっくり返された感じである.実は身近によく似た人がいるだが、世の中にはこんな人はめったにいないと思っていた.しかし、意外とたくさん存在し、困らされている人も多くいることを知った.わき出した不安を早く抑えたくて、同じ著者の書いた「愛の心理療法」をアマゾンで購入した.この本の文中にアダルトチルドレンという言葉がよく出てくる.実は十数年前に、斉藤学氏が執筆した「アダルトチルドレンと家族」という本は読んでいたのだが、そのときはピンとこなかった.なぜなら身体的暴力や性的虐待やアル中の親がいる家族の話だから、自分には関係ないと思っていた.しかし、実際にはそれら以外に精神的虐待がある.暴力や、ネグレクト、性的な虐待に比べると地味であるが、もっとも影響が強く、被害者の成人後も、さらに40代50代になっても、その影響は残り続け、その被害者を苦しめる.PTSDの治療について、欧米ではほぼ確立された精神分析療法や同じケースに対して経験豊富なカウンセラーが存在するが、日本ではほとんど治療を行ってくれる施設も人もない.私は働かなくてもいい勝ち組じゃないし、かといって、失業中でもないから毎日仕事をしないとだめなわけで、東京へ出かけて落ち着いた部屋で美人のカウンセリングを受けることもできない.それで独学で治療を試みることにした. まず、自分史というものを書くといいらしい(シュテットバッハー).ただし、A.ミラーはこれに反対している.素人がこれを行うと、子供の頃の記憶がフラッシュバックして、再びPTSDを経験することになると警告している.A.ミラーも幼少時に親の支配によるPTSDを経験している.彼女が自分の精神がおかしいなと感じた頃、ドイツでは子供のPTSDの原因が親であると考えることがタブーであった.それならばと、彼女も私を同じことを考えたらしい.独学で文献を調べ、自己療法を試みた.彼女はまず先ほど述べた自分史を作成した.自分史の詳細はシュテットバッハーの成書を参照してほしいが、簡単に言えば自分の生まれた日から家族の歴史を箇条書きし、同時に他の家族の年齢や出来事を記録していく.その出来事について自分がどう感じたか、どう影響を与えたか、自分が親からどのように扱われ、それについてどう思ったか、兄弟がいれば、親はその兄弟にはどういう対応をして、兄弟はそれについてどう思っているようだったか記載する. 次に私は絵画療法(A.ミラー)を試してみた.ただ思いつくままにキャンバスや画用紙に絵を描くだけなので、手軽に書き上げ、とても気分が良かった.何よりも自由という感覚が楽しめるのが良かった.絵を描くのは好きだったけれど、デッサン以外は高校生以降、書いたことがない.全く自信がなかったが、とにかく描いてみた.最初にわかったのは、どうやら自分は砂漠が好きみたいだ.乾燥した大地に毎日ぎりぎりで生きている動物たちがいる.せっぱ詰まったスリルや危険な行為が好きなのはPTSDの影響らしい.アドレナリン依存症という.それ以外に薬物依存症、アルコール依存症、セックス依存症、恋愛依存症、買物依存症等々.その中のいくつかは思い当たるか.子供の頃に親に強く支配され続けると、子供の人格が親の理想像と本来の自分で分裂を起こし、典型的な場合は多重人格という人格障害を起こす. やりたくもないことをやらされるから、そのストレスは成長後にうつや不安症になったり、依存症や怒りをため込んだり家庭内暴力の原因になる.本を読めば読むほど預言書のように私の今の状態を見事に当ててくれるから、書籍を次々と読んだ. 最近になって、世間でもようやく教師からの体罰や親の虐待に気がつき始めた.というか、気がついていたけど、言えなかったのだと思う.だって儒教の考えが残っているから、どんな親でもありがたく思わなくちゃいけないし、教育とかしつけと称して、自分の都合を優先する自己中心的な行動を隠していた.親は子供のことを思って、なんていいわけをするから、子供は真実をゆがめて認識してしまう.「ああ、なんていい親なんだろう.いつも僕のことばかり思ってくれる」ってね.でも、その子が親になると同じことを子供にするんだ.愛情のないしつけ.実はそれは虐待と同じ.わかりにくいから難しい. 子供は大人のミニチュアじゃない.生まれたときから彼らは人の心を読む超能力がある.それは2,3歳で無くなる能力だけど、親の要求だけを聞いてサッサとこなそうとする医者と、自分を一人の人間としてみてくれる医者と区別がつくみたいだ.子供のことに興味を持ったら、子供の診察がそれほど苦ではなくなったというか、楽しみになってきた.大人になるといろんな個性を持った人がいるが、子供は個々の差が少ない.みんな自然である.きっと原始時代の人間はこうだったのかな.感受性が自然で、とてもつきあいやすい.すぐに仲良くなれる.大人じゃあ、こうはいかない.人の性格は育て方で作られるのだと確信した. 普通の人は自分の性格は生まれつきと思っている.思春期になると自分の性格が嫌いな人はそれを変えようとしてみるが、原因がわからないから、対症的な方法では一時的しか続かないようだ.外界との関わりを避けて依存症(アディクションっていうらしいが、趣味に膨大な時間や金をかけることも含まれる)という現実逃避をしてしまう.依存症がひどくなって犯罪者になる人もいる.主な犯罪者の生育史を調べるとたいてい幼少時に虐待を受けている. 心理学は出来てから100年くらいの新しい学問だけど、なかなかすばらしい.今はダン・ニューハース著「不幸にする親」を読書中.精神的虐待の話. |
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衆議院選挙が終わったが、誰を選べばいいのか政党や公約だけでは選べないのが、最近の傾向だ。なにしろ、当選すると政党も政治家も公約を忘れてしまうように思える。それでも罪悪感からか、誠実な政治家は、公約を守ろうとするが、今度は官僚や外国やマスコミがそれを阻止する。それでも政権政党だからかまわずやってほしいと思うが、それ程、決断力のある政治家はいない。そこで、政党や政策以外に、政治家の精神分析を公表して、それを選ぶときの参考させてほしい。優柔不断であるとか、向こう見ずであるとの性格は許されるが、人格障害のある政治家は当選してほしくないのである。人格障害は精神疾患と異なり、人前では自分の人格をいくらでも偽れるから、大衆には見抜けない。たとえばDVをおこす男も目的のためなら優しく振る舞うことは簡単にできる。最高裁の判事の国民審査も、同じように人格障害者の可能性のある人を発表してほうがよい。人の善悪を決定する職業であるなら、ニュートラルな精神を持つべきであり、なおさら精神分析を受けることは必要であると思う。 |
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近所の衣料品店で、流行のダウンジャケットを買った。珍しく中国製ではなく、ミャンマーで作られていた。熱帯地方でこんな防寒具を作っているとは、妙な気がした。もしかしたら、そこの従業員たちはダウンジャケットを初めて見たかも知れない、なんて考えたらちょっとおもしろくなった。今や日本の企業が作っている製品でも、日本製であるものは高額商品か、最先端技術の製品や、ガラス製品や陶器くらいである。庶民にはあまり縁がない。価格だけを商品の価値としか判断できない大衆は、同じくらいの商品なら安いものを探そうとする。企業もそれに応じて、労働力の安い国で製造する。その場合、政府も企業のことを考えて、関税をかけない。しかし、商品の価値は値段だけでは決まらない。日本国内で作れば、雇用機会を生み出すし、反対に製造時に廃棄物が多い製品は社会的には大きな負担になる。「じゃあ、どうすればいいか?」。企業は考えないし、大衆はどうすることもできない。関税をかけるとか、富の再分配(高所得者の増税)とか、政治的な手段が必要になる。 円高でバブルになった頃と何が違うか?現在の円高は中国での生産を更に加速する原因になっている。1980年代のバブル時代はまだ中国の技術力が低く、ほとんどの工業製品は日本で作られていたため、平民にもお金が回ってきた。いまは企業のトップしかお金が入ってこないから、デフレになる。私は以前、TPPに賛成したけれども、国内の農家が駄目になると、更にデフレが進むかも知れないなあ。 今のところは高級官僚、企業の重役たち、農家がお金を持っていますが、みんな平等に貧乏になった方が良いかもしれない。このまま消費社会(消費社会とは、誰かが作った物に依存することで、自己の自立が縮小し、他人に管理してもらうことだ)を突き進めば、否が応でも、管理社会になります。このままでいいのか?世界中の人々が考え直す時期だと思う。 |
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ある人から相談を受けた.娘が高校に入学してから,親の言うことを聞かなくなるし,彼氏が出来てから,更に言うことを聞かなくなったらしい.その家族は海外旅行が趣味で,子供も連れていくのだが,旅行の前は機嫌良く,泊まるホテルもチェックしてくれて,頼みもしないことまで手配してくれるそうだ. 児童心理学を勉強したことがある人なら,すぐにわかると思うが,このような家庭では子供への躾が厳しかったと想像できる.そして思春期になると,体力では負けなくなり,今まで押さえつけられてきた親に対する不満が噴き出すのである.しかし,それを理解できない親は,今度は子供たちを懐柔しようと,お小遣いをあげたり,高価な買い物や,旅行へ連れて行ったりする.急に甘やかされた子供は,どん欲に、より要求をエスカレートさせていく(見かけは仲の良い親子に見える.しかし,もので釣っているだけだが).あるいは大人の教育方法(子供の意見を無視し親に従えと抑圧)に嫌悪感を持ち,反抗的になる子供もいるだろう. 思春期に急に子供たちの性格が難しくなるのでなく,今までやってきた親たちの育て方の集大成がこれらの結果を生んでいる.そして,親と子はすれ違いのまま,人生を過ごす.年端もいかないときから,厳しく教育して,親の言いつけをよく守る子供に育てようとするようだが,抑圧された子供の心は意識上は親への愛があるので無意識の潜在意識に蓄積され,いずれその子の精神を蝕む.そのような子は将来,精神疾患を患うか,精神を安定させるために薬物や酒や異性への依存症になるか(犯罪につながる),直接的に家庭内暴力を起こすかのいずれかである(これは親にはショックであろう). そろそろクリスマスとお年玉の季節であるが,普段から厳しい躾ばかりで子供とのコミュニケーションをしていない大人たちからの金や物による誘惑であり,良いことはない.あめとむちを使った教育はすぐにメッキがはげてしまい,良い関係は結べない.大人は幼い子供に本当の人間の姿を学ぶべきであり,金になるかどうかの職業選択や世間体など大人の価値観を押しつけるべきではない. 大脳皮質と人間活動
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*古→旧→新の順に程度が良いのではないが、人間社会では未だに古皮質の活動が優位である。 日本維新の会 発表される方針や,橋下氏の発言を聞いていると全体主義に近い考えを持っている党のようである.つまり橋下氏は国(本人は現在は大阪市長であるので,市)に良くない病気や悪い部分は取り払うのである.これが今や人間に対しても行われるようになり,生活保護を受けるような人々は国にとって害でしかないので,支給額の減額や支給認定を厳しくしようとしている.この考えは優性政策を勧めたドイツのナチと似ている.また、教師の職業的地位の向上を目指し,その教師には国家への忠誠を誓わせるのである.それを進めれば,日本国民の両親に対する子供の忠誠や,そのためには体罰の容認,国民に対しては,規律の厳守を要求し,国家のいいなりになる完全で健康な人間を作り出すことになるだろう. なぜ,橋下氏は服従する人間を作り出そうとしているのだろうか?それは彼の幼少時代の育てられ方にある.彼の家庭は父親の独裁制であり,教育や躾と称して暴力または暴力にならない迫害が行われていた(橋下氏へのインタビュー記事).そのような家庭で育った人間は将来,思い道理になる人間を得ると,同じ事を繰り返す.最初の犠牲者は妻や子供である。妻子に対して尊敬はない.父親からの躾の厳しさは、橋下氏の倒錯した性 (詳細は,報道に譲る)から推察される.また,謝罪と言いながら,妻をいかにも恐れている様なパフォーマンスも,女を軽く見ている証拠である.普通の感覚であれば,自分は恐妻家だと笑いの対象にしながら,妻を単純な考えの持ち主だと思わせるようなことはしない.大阪市職員の処遇や文楽の予算削減も一般人の多数意見をバックに人を思い通りにしたいという願望が見えている. 特に政治家には,このような性格(精神障害と言っても良いかもしれない)を持つ人が多い.石原氏(現東京都知事)も,以前の著書でもスパルタ式教育を勧めていたぐらいであるから,自分の思い道理になる最初の人間である妻や子供相手に,家庭内独裁を行っていた可能性が高い.それが今では東京都民に対して,多数意見と言うことで独裁制を行っている.遠くから見れば自分の意見をはっきりというオープンな人と思われているが,苦しむのはまわりにいる人間である.わかりやすく言えば,走行する機能は大丈夫だが,排気ガスが臭くてまわりの人が迷惑,もしくは窒息する様な車にたとえられる. 人を自分の思い通りに操ろうとする心理は,一種の強迫神経症である.自分の心の中だけで通用する正しい配列に従って,外界を並べようとしているのである。本人は気がつかないが,それは幼少時に父親に命令されてきたことである.やがて成長し、自分が思い通りになる人間を所有出来た時,明らかになる.しかし,決して表に出すことは出来ないので,「国の将来を考える」,「学校教育の健全さの回復」,「美しい国,日本」,「家族や子供のことを一番に考えている」という言葉で隠蔽する.人間を組織や集合,国家としてしか認識できない場合,集団としての効率を求めれば弱者,犯罪者を切り捨てる全体主義に向かうのは人間の進歩していない部分である. 地方自治体や国が破産してしまうのが不安で,このような政治家が出てきて国民が窒息するくらいなら,破産してしまった方が良い.なぜなら人間は経験しないと,理解できないからである.戦後,日本は一度破産しているが,それを忘れてしまった人たちがほとんどであるなら,実際に経験するのも仕方がない.破産した国よりも,破産が怖くてもっともらしいスローガンを掲げて,人を操りたい政治家が現れ,内乱状態になったり,全体主義に陥ったりする方が危険である. |
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エントロピー第2法則によれば、宇宙は生まれてすぐに、複雑なものから、より簡単なものへと変化していると言われている。この法則に従うならば、現在、人間社会はより複雑になっているが、それだけ以上に、何かが単純になっていると考えられる。それは人間の行動や考え方である。 単純化した行動とはデジタル化と言い換えても良い。仕事へ行く。遊びに行く。食事をする。寝る。それ以外に含まれない行動をすると、人から不思議に思われるようだ。昔なら、脇道に車を止めてぼんやりしていても、そのまま放っておかれたが、今では警官から職務質問を受ける。他の例を上げてみよう。ダムを好きな人が、山奥へわざわざ出向き、ダムの写真を撮り、更にはダムの管理用建物の調査をすると、地元の人に「仕事ですか?」と聞かれる。趣味ですと答えれば、変わった人だと思われるので、「ええ、仕事です。」と答えることになる。このように、既存のカテゴリーに含まれない行動や考えは、不思議だとか、異常だと見なされる傾向がある。日本人はそれが極端に現れ、世間並という言葉で代用されている。成人式であれば、女は必ず振り袖を着用するし、それ以外の服はふさわしくないと世間からは思われる。 確かに、今の時代では外見について、非常に多様性が認められるが、それ以外の行動や考えは、画一的になっている。つまり、テレビだったか雑誌だったか、どこかで見たような感じがするのである。管理する側は更に複雑な社会機構を作りだし、管理(監視)される人間は単純化するのが未来社会ではないだろうか?(それにそぐわない人間は、社会から排除されるか、矯正を受けることになる) 宇宙の誕生からエントロピーは増え続け、すべてのものに対して、平衝(人間の場合、平等と言い換えても良い)を促している。人間の歴史を見ても、多神教から一神教への変化、人種の減少、多産から少産(子供が多いことは、多様性へとつながる)、法律の細分化(人間の行動を平坦にする)など、エントロピーは増え続けている。たとえば、医学の世界では、ADHD(注意欠陥・多動性障害)など、昔には存在しなかった病名を付けて、薬を飲ませ学習能力を上げようとしているが、そんな治療法を見ていると、人間の多様性を無視し、学力(標準的な健康とも言える)の平等化を目指している。子供たちの遊びを見ても、ほとんど既製品化されている。例えばビデオゲーム、サッカー、野球など既製品である。公園でも新しく遊びを考えて遊ぶ子供たちを見かけることは少なくなり、ほとんどユニフォームを着た運動少年たちで占領されている。 人間が安楽を求める限り、未来の社会機構は複雑になり、反対に人間の行動や人生は画一的になると予想される。 |
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愛国心を持つこと自体は悪いことではないが,権力と結びつくと民衆を迫害する.また政治に使われることもある.政治家が権力を長い期間持ち続けることが出来るのは,自分には愛国心があるように大衆に思わせるからである.つまり,それだけで力を持つことが出来る.最近では君が代斉唱の強制で愛国心を売り物にする政治家も出てきた.彼らははっきりと自覚していないかもしれないが,愛国心や右翼的(国体的)な事を口にすることで,権力を持てることには気がついているようだ.人気と力のある政治家になるには、愛国心と改革をスローガンにすると良い。政治家でなくても,右翼の活動家を観察すると,暴力団に所属するなど,権力にあこがれる人が多い.大抵は男尊女卑,年功序列,父権制,肩書き重視の発言が多いのですぐわかる.ところで,彼らが日本の最高権力者に上り詰めたときにはどうだろう?権力を求める人は自分より上の権力者には弱いものである.となると,答えは明らかである.彼はアメリカの大統領には弱いわけである.アメリカの言いなりの総理大臣を見ると,権力を持ちたいために政治家になったのだろうと思えてくる.だれにでもわかるように権力が表に現れている警察や暴力団に弱い人はその素質がありそうだ. 彼らは相手の考えを理解できないステレオタイプの人間である.だから友として長くつきあうにはつまらないのである.不幸なことであるが,権力を持っても,彼らには友人がほとんどいないように思える.でも,徒党を組んだり、部下のような友人はいるかもしれない. |
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医療関係の情報が色々と公開されて行くに従い、「わたくしどもの施設ではこの手術は90%の成功率であるとか、今回発売した薬は抜群の治療成績を収めています。」などという、セールストークが嫌になるほどあふれている。厚労省も情報公開を勧めているが、その統計の収集方法には大きな問題がある。ある施設の心臓の手術成績が95%だったとしよう。つまり、手術をすれば、95%の人は助かるが、5%の人は1ヶ月以内に亡くなるわけである。通常、手術成績には一ヶ月以降に亡くなる人の数をカウントしていない。稀に5年生存率で成績を発表している施設もあるが、他因子による死亡はカウントされない。つまり風邪をこじらせて、菌血症になり、手術部位が感染を起こして、それが原因で亡くなっても、手術成績には影響しないのである。手術をしなければ、風邪をこじらせたくらいでは亡くならないことを考慮すると、発表される手術成績はかなりの水増しがある。がんの治療についても同じであり、術後や放射線や化学療法の治療後には原因不明の突然死が多いのであるが、これも統計には含まれず、治療成績には影響されない。原因がわからない場合は統計に含まれないし、原因がわかっても治療を行った癌で死ない限り、5年生存率に影響を与えない。例えば、腹部大動脈瘤の手術後、人工血管が腸に擦れて、腸が穿孔し腹膜炎で亡くなっても、動脈瘤の手術成績には関係が無いのである。まして人間の身体の理解が不十分な今の医学では、他因死との関連を見つけられないことがほとんどである。 薬においてはどうだろう?例えば、慢性関節リウマチにはリウマトレックスという免疫抑制剤をほぼ全例に使うが、致命的な心筋梗塞や脳梗塞の副作用が最近わかってきた。薬の副作用は発売されてからドンドン増えていくので、どんなに効き目があっても、すぐに承認せず、新しいもの好きな厚生官僚は少し考えてほしい。臨床経験のない若い厚生官僚が新薬の効能効果に惹かれるのは、顔やスタイルや年齢で異性を選ぶ思慮の足りない人と同じである。 厚労省が2年ごとに薬価改正(薬価切り下げ)などと言うことをするから、製薬会社は新薬を開発せざるを得なくなり、その新薬も開発費用が反映されるので、ドンドン高額になり、健康保険を食いつぶすのである。しかも新薬の副作用は、ほとんどわかっていないから、恐ろしい話である。短期的にはとても効くけれど、長年使ったら、原因不明で突然亡くなったなんてことになる。しかし、新薬との関係は不明だから、この新薬の評判も有効率も落ちないのである。これが、今の医療の実体である。大衆が考えるほど医学は進んでいるわけではない。人間はもっと自然に対して謙虚になるべきだ。 |
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町内会と犯罪 マスコミや浅薄な人々は、日本は治安が悪くなり、犯罪が増えていると信じ込んで、刑法犯には厳罰化を求めている。人間の心理としては、それがゼロにならないと納得しないから、今後も止めどなく厳罰化していくと予想される。いわゆる民主主義の暴走である。一度でも罪を犯せば、2度と社会には適合できないシステムが出来上がろうとしている(再犯率が高くなる)。実際は犯罪者を再教育して、早めに出所し、社会適応させた方が犯罪抑止になるのだが、被害者意識がそれを妨げる。特に、被害者をマスコミが取り上げることで、視聴者(=大衆)の心理が先鋭化しているように感じる。習慣や宗教、言葉が異なれば、未知の物に対する警戒感が高まる。これが未だに移民を認めない日本人の心理である(血縁関係があれば認められる)。 身近な環境では、町内での不審者や、異常者は排他的に扱われる。以前にも述べたが、小学校の登下校の父兄の見送りなどは、いかなる人を不審者扱いするのだろうか?単に挨拶をしないとか、目つきが怪しいと言うだけで、そのように思われるのであろうか?そもそも人間の一生を通じて、正常者などはほとんどいないわけである。つまり、やがて歳をとれば認知症になるであろうし、そこまでじゃなくても、元々ある人格障害が目立ってくることは大なり小なり誰にでも起こる可能性がある。結果的にはそう言う人たちが罪を犯すわけだが、自分がそれにならないという確証はない。登下校に犯罪を起こそうと考える人間は知的障害者、認知症以外はいないであろう。つまり、町内での見回りや父兄の見送りは一般世間から疎外された人々を目標にしているのだ。しかし、いつ自分が排除される側へ墜ちるかも知れないのに、堂々と排除する側として立っているのが滑稽にも思える。 いまや刑務所は知的障害者と高齢者と人格障害者であふれている。これらの人々は、出所しても、もはや社会復帰は望めず、すぐに戻ってくることになる。いま、大衆が望むシステムとは、犯罪を更に減らすために、少しでも罪を犯しそうな人は刑務所に送り、刑期も長くして、もう働いて暮らしていくことは不可能にしている。とことん安全を求める心理は、日本人の潔癖性と似ているようだ。 現代社会は、犯罪発生率をゼロにし、年金問題も片づけ、無限のエネルギー源を見つけ、すべての仕事はロボットが行い、不老不死の世界を目指している。しかし、その後は人間がやるべき仕事はあるのだろうか?やりがいが無く、起伏のない平坦な人生に、考えることはあるのだろうか?幸せは相対的な物だから、たぶん幸せは感じることはないかもしれない。 |
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ちょっと、難しいかも。でも、これが理解できれば、君も哲学者だ。 人間は因果関係をよく調べ、それを経験にして未来を予測する習性がある。つまり、未来の不利益を避けるために、現在の出来事から未来を予測しようとするのである。病気になると必ず人は「何が良くなかったのでしょうか?」とか「何で、こんな病気に私だけがなるのでしょうか?」と、病気になった原因を知ろうとする。歴史を調べる人もそんな動機で今後の社会情勢を予想しようとしているのかも知れない(昔は良かったとノスタルジーに浸かるだけかも知れないが)。 現在の科学の発達を見ていると、人間の観察と経験から因果関係を知り得た時代から、論理的に(経験や勘よりは簡単だと思われる)予想することが主流になっている。つまり科学とは、経験による因果関係を調べることから始まったにもかかわらず、今や科学とは、論理で予想する学問になっている。これでは既知の経験からわかっている範囲を超えることが出来ない。もし科学が経験を超えると、とんでもない発見になる(その時は大発見だろうが、長い目で見ればすばらしい発見ではない)。 科学的に説明できないことはオカルトとか霊的とかレッテルを貼り、侮るのが今の風潮である。大昔、電気や磁力や電波も原理がわからなければオカルトの範囲であり、地動説でさえ、人間の理解を超えていたので異端扱いにされた。今の社会も経験と勘を重視せず、科学や論理だけを信じているだけでは、何ら中世時代とかわりがないのである。特に科学から導き出される因果関係は今まで自然界に存在しない関係であるから、人間には扱いにくい。例えば石油化学や核分裂(核融合は自然界に存在する)や遺伝子操作などは今後問題を引き起こすことが予想されるし、実際に問題を起こしている。 今後、科学では説明できない経験や勘でしか知り得ない因果関係を、もっと重視する必要がある。これには自然を観察する努力と考察が必要であり、時間も掛かるだろうが、自然に即したやり方である。さらに、自然界の出来事に対する視野を広げるためにも、経験は必要であろう。今の科学はルネッサンス期までの経験が基礎になり、それ以降の経験はほとんど生かされていない。科学がどんどん発達しているように見えるのは、論理の展開による所が多い。AとBの因果関係を研究していたら、Cという出来事も関係があることがわかったと言うのが科学による恩恵である。たとえば、コンピューターが携帯電話、インターネットを素早く発達させたが、科学において経験だけで理解できる分野は全く発達していない。(例えば、地震の予知、重力や電気の本質など) 人文科学に関しては、未だに、経験と勘がものを言うが、それでも少しずつ経済学や社会学で人間の行動を科学で解き明かそうとしている。人間も含めてすべての物質は相対的にしか、計ることは出来ない。例えば人間の持って生まれた特性は様々であるが、その後の環境や境遇や教育や洗脳?で行動は影響される。昔は常識であったことが今では廃れてしまうとか、他国では禁止されていることが、わが国では認められていることもある(飲酒や喫煙など)。アマルティア・センはアジア人で最初のノーベル経済学賞をもらったえらい人であるが、インドに生まれ、大飢饉のあったベンガル地方の出身にもかかわらず、経験していないためか、ヒンズー教を信じない無神論者であり、世俗的な学者である。飢饉と貧困を科学的に分析した学者であるが、科学で人々を救えるのなら文句は無いが、救えないから宗教があることを理解していないように思える。学問で出世した人にはありそうな性格である。つまり、生まれは絶望的な飢饉を体験した地方でも、経験が人の行動(考え)を変えていくのである。 |
並行宇宙が存在するなら,人生の或る瞬間の決定に従わなかった自分が存在する宇宙もそこから生まれている.そこでは,今の自分とは違う人生を歩む自分を見ることが出来る(もし出来ればだが).だから,人生では何も決断することは出来ないし,何も決断されていない.
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最近、私の住むアパートでも分別ゴミとしてプラスチック回収が始まった。以前に福井市の収集されたプラスチックの行方を調べたことがあるが、東京の業者に渡され、その先は追跡不能であった。なぜ、追跡調査をしたかと言えば、他の県で収集したプラスチックゴミを不法投棄していた例があるからだ。どうして、不法投棄するかと言えば、プラスチックのリサイクルにはたくさんの費用が掛かるので、予算が無くなり、不法投棄されたからである。プラスチックをまた元のプラスチックの原料に戻すには、原料の2倍以上の原油を使い、更に人件費や輸送費を考えると、無駄なことをしていると昔から思っていた。石油の埋蔵量がそろそろ無くなりそうだという不安から、リサイクルという考えが生まれた。特にほぼ100%の原油を輸入している日本では、心配で何かしていないといられない。そんな人間の心理が生み出したリサイクル。矛盾が多くて、更にきれい事ばかりで胡散臭い。「今度の新車はリサイクル率20%達成!」とか、古紙で作られたコピー用紙など、コスト高から売り上げは伸びていない。善良な人の良心に訴えて、更に強制的に高いリサイクル料を徴収しているが、中古車や使わなくなった家電製品は実際にリサイクルしているのか、それとも海外へ売りさばいているのか不明である。海外へ転売した場合は、リサイクル料金を返さないとならないが、そんな話は聞いたことがない。たぶんリサイクル公益財団法人の隠し金になっていると予想される。天下りも人間のリサイクルだから、物のリサイクルはコストが掛かるのは間違いないと思う。
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ボランティアの心理
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現代社会は自由競争であり、先祖の財産による差がほとんど無くなったのに、先進国では貧富の差が開いている。特に、先進国の中でも、大衆の力が強く、改革がドラスティックなアメリカと日本で著しいようだ。前回、相対的貧困率で述べたように、この原因は、仕事のコンピューター化(自動化、ロボット化)が進んで、単純作業が無くなったからだと思う。昔は、学力や、家の都合で学歴のない人たちが、金の卵と言われて、3K(危険、汚い、きつい)と呼ばれる仕事を請け負っていたわけだが、それなりに高賃金を得ていた。しかし、表面的な倫理観と企業経営者の利益の追求によって、3Kと言われる仕事が、徐々にコンピューターが行うようになった。
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長年、当医院に通っていた患者が、最近、亡くなった。夫の話では、死因は急性心筋梗塞らしい。剖検をしたわけではないが、医者が言うには、死後の全身CTでは死因は不明であるから、消去法でその診断名になったそうだ。しかし、今まで心臓が悪いと言われたことがないので、夫は納得していないようだった。その患者は、整形外科で慢性関節リウマチでステロイドとメトトレキセート(商品名:リウマトレックス)を何年も飲み続けていた。短期間での関節痛や関節の変形は防げるのだろうが、その人の寿命は縮まる。一ヶ月前に、免疫抑制剤の副作用として、重症の口内炎が発生し、某病院に入院していた。急変したのは、退院して、一週間後の事であった。食事療法など、身体に優しい治療法を患者に話していた矢先だったので残念だった。
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50代の女性が、耳が聞こえないと言うことで受診した。重症の突発性難聴だったので、入院を勧めた。しかし、夫の世話をしなくてはいけないので、入院はできないという。てっきり夫は病気で、寝たきりかと思い、社会的入院で夫も一緒に入院できると教えた。しかし、彼女の答えは予想外だった。「夫とは入院したくないのです。同じ部屋では気が休まりません。」彼女は話し続けた。「いいえ、夫は病気じゃありません。でも、世話をしてあげないと、酷く怒るのが辛いのです。」
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講演会の工夫
そうなると,聞く方だけの努力では,聞き取りを良くするのは限界がある.聞き取り環境の整備でもっと聞き取りが良くなるのではと考えている.例えば,講演会に使われる体育館は最悪な環境である.床が板張りで反射しやすく,天井も,屋根まで素通しである.特に天井が,かまぼこ状になっている場合,中央席はエコーが集中して,とても聞きにくくなる.また、会場の大きさは,おおよそ17m以内にすれば,何とかエコーの反響時間を無視できる範囲に納められる.床には,絨毯を敷き,天井は出来れば,平坦が良く,もしかまぼこ形や凸凹しているときには吸音性の材質が望ましい.もし,スピーカーを使うなら,一個だけにして,講演者のすぐ近くに置くことが望ましい.スピーカーの性能を最大限に使うなら,湿度の調整も必要である.高音を効かせるには湿度を下げた方がよい.スピーカーの周波数特性は出来るだけ平坦なものを使う.また,マイクを口に近づけて話す人がいるが,口にあまりに近いと,開鼻声になり聞きづらい.鼻に近いと鼻づまり声になる.人の声は鼻からと口からの音が合わさったものであるから,マイクは,少なくとも口から3cmは離したほうがよい.離しすぎると,マイクが壁からの反射音を拾うので,舞台の大きさを考えて,調整すると良い.また、マイクの角度も重要である。無指向性のマイクでも最良の聴取角度は90度であり、個の範囲内に音源があると良い。マイクを上に向けて話す人がいるが、それでは自声の反射音が雑音になってしまう。アンプも出力よりも周波数特性が高音(500khzくらい)まであるものを選んでほしい.音の歯切れが良いので,聞き取りやすくなる.
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1.現実を客観的に認識する。 1. あらゆる体験に対して心を開く。 |
寡頭制と民主制 |
リビドー |
車と運転
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前回に引き続き,手始めに仕事について話しをしてみよう.医者でも生きるための仕事の部分は残っているわけで,全くの人助けならば,無料で診てあげなくてはいけない.実は私は,廃業するときには,すべて無料の出血大サービスをしてみようかと考えている.高い薬も注射も検査もただである.おかげで,医院は大繁盛である.ついでにクレームも無くなる.「ただ」だからと言えば,不平を言う人も無いだろう.薬もバイキング方式で,患者が自由に薬を持って行って貰う.しかし,毎日の仕事に疲れた貴方には,芸術家になる道も残されている. |
公衆衛生が向上した現代では,夏は患者数の少ない時期であるが、それでも多少は賑わう。
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みなさんの中には昔のことだから、知らない人もいるかもしれません。1960年頃に、アメリカという国とアジアのベトナムという国は戦争をしていました。戦争の原因はここで書くと、長くなるので自分で調べてみてください。戦争はとても長く続いたので、アメリカの兵隊たちはとても疲れてしまい、戦争が嫌になりました。それでも、国の命令には逆らえないので、しかたなく戦争しました。ある時、兵隊の一人が近所でケシという麻薬を手に入れました。それを使ってみたら、疲れもなくなるし、戦争をするのも怖くなくなりました。それで、仲間に教えたところ、みんなが麻薬を使い始めました。そのうち、戦争も終わり、やっと自分の国へ帰ることが出来ました。アメリカに帰国すると一部の人を除いて、ほとんどの人は麻薬をやめました。やめられなかった人たちは平和な社会でも、ストレスがありました。
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麻薬中毒 1960年のベトナム戦争以降,麻薬を常習する人が増えたらしいが,その背景には危険な任務や,いつ敵が襲ってくるかもしれない恐怖を紛らわせるために,麻薬が使用されるようになった.毎日がストレスの連続であり,ひとときのリラックスも出来ない兵士たちには麻薬の使用は必然的になった.これを現代社会に置き換えてみよう.今や,日本国内では,自然相手の第1次産業は減少し,ノルマを課せられ,機械のように働くことを要求される第2次産業か,風船のように不確実な人間を相手にする第3次産業に勤めるしかないのである.文明が高度化するに従い,人間同士のストレスが高まり,麻薬を常習する人々が増えるのは避けられない.その人たちを意志薄弱であるとか,現実逃避と断罪するのは容易だが,根本は社会の構造変化にある.
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昭和60年には12%だった相対的貧困率が平成21年には16%に拡大した。数字上も貧富の差が開いている(この算出方法に問題があるとは思いますが、大目に見てほしい。ついでに、普段の私も大目に見てほしい)。 |
今は高校野球の地区予選の真っ盛りであるが、相変わらず、熱中しすぎる人が多い。スポーツで一生残る怪我を負うことも有るにもかかわらず、根性がないとか、努力しろとか監督の声が聞こえてくる(いまでも、私はそのように注意されている)。 |
戦後の日本では,生活水準の向上を目指して,多少の不自由には目をつむり,集団で一つの方向に向かった.おかげで,今では世界の国なかで、かなり上位の生活水準が得られている.更にトップを目指そうとして、国民や政府はがんばっているわけだが,その歪みが現れてきている.これ以上官民一丸となって国力を上げ,見かけ上のGDPを増やせば,個人の自由が徐々に侵害されるだろう.戦時中の日本程ではないが,輸出している大企業では,国からの奨励もあるので,社員が一致して,勤勉に働くことを暗に求められている(終身雇用の崩壊後は、海外移転や日雇いでコスト削減を一番にしているので、生活水準も下がっている)。また昔のギリギリの生活から解放され、生活の心配が無い人たちは,社会正義を強く求めるようになる.厳罰化と法制の緻密化である.ちょっとしたことで,法律違反を訴える人が増え,自由が無くなる.例えば,道に迷って車を止めても、場所によっては,防犯カメラがそれを見つけ、警備員が駆けつける.散歩でも、服装によっては、不審者と間違えられて通報される.町内会に入っていないとゴミ出しをさせない。通勤電車では痴漢に間違われないように気をつけるなど,過失に対する厳罰化の傾向がある.社会正義が過剰になると,かつて関東大震災後のように,正義を守るという理由で自警団が結成され、日本語のしゃべられない人を密告したり、私刑にすることもあった.
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私は自分自身も含めて、人類のほぼ全員がうつ病にかかると思っている。特に物欲の強い人は典型的である。うつ病には必ず、躁状態が伴う。しかし、軽い躁状態だと見逃されてしまう。そして、うつよりも躁状態が心地よく感じる人が多い。物欲の高まった状態は軽度の躁状態じゃないかと私は予想する。うつ病患者たちは、調子の良い状態を保ちたいために、次々と商品を買ってしまうのである。目の前の商品が、どれもすばらしいものに思えるので、前に購入したものには急激に興味が失せてしまい、寝ても覚めても新商品のことから、頭が離れない。これの繰り返しが、電化製品、車の買い換え、骨董品、靴、バック収集、旅行好き、リフォーム好き、多数のペットの飼育などに現れる。
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