あい工房金沢

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2012年 (H24) たづ日記


今年の干支の辰年がスタートしました。干支とはこの世界の森羅万象を12に区分けしたもので、5番目にあたる辰は、新緑が勢いよく芽吹いていく季節です。この事から辰年は成長や発展の年だとされています。
世の中は不安定な要素をかかえていますが、日々の生活の中で前向きに明るく楽しい一年になるように心がけていきたいものですね。
一年を振り返ってみれば、師走に入り16日に行われた総選挙で、民主党から自民党への政権交代という大きな出来事がありました。自民党の圧勝でしたが、数年前に病気のため辞められた時の安部総理が、今はお元気で力強いお姿を拝見し、来年が明るい年になるのではと期待されます。
私事では、健康で充実した一年を過ごす事が出来たことに感謝します。
                    ご意見などこちらまで 

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文化祭を終えて 第12回 あい工房の文化祭 母の付き添いで施設文化祭を見学 施設文化祭にしの笛で訪問しました
カラオケの発表会に出て思う事 ブータンミュージアム開館で・・・3 ブータンミュージアム開館で・・・2 ブータンミュージアム開館で・・・
宮永さんありがとう・・・ あい工房の庭でバーベキュー
ドラムの小川さん 今年も大正琴の発表会に出演
音楽療法とは? ネットワーク燦々6月例会で うぐいす お陰さまで15年

文化祭を終えて 次の日はカラオケ教室がありましたが、顔を合わせるとすぐ昨日の文化祭の話に花が咲きました。浅川先生のお話になり、「良かったー!!聞いていて私二回も涙が出てきたー」と言って下さる皆さんの声に私も「よかったでしょー!!」と自慢げでした。
音楽っていいですねー。幸せの輪がどんどん広がっていくようです。

今年で12回目を迎える

あい工房の文化祭


あい工房が出来て15年。地域を越えて多くの方がたとの出逢いがありました。温かい思いやりのある皆さんと集えることが出来た事が私の何よりの財産になっています。
そして、記念すべき15年目の文化祭に浅川由美先生をお迎えして、皆さんと共にフルート&オカリナの演奏を交えながらの音楽療法のお話をお聞きすることが出来て、とても嬉しく思います。
6月に初めて先生にお逢いしたのですが、先生のお話が優しく私の心にしみ込んだのだと思います。その時、今年の文化祭には是非先生をお呼びしたい、文化祭にお呼びして、皆さんに聞いてほしいと心に決めました。その私の気持ちが皆さんに通じて、とっても喜んで下さいました。
講演の後、先生を囲んでのお茶の時間をもちましたが、これまた楽しく、時間よとまれと心でつぶやきながら、発表の部に移りました。
最後まで私達の、大正琴に始まりしの笛、カラオケにお付き合い下さいました先生にお礼申し上げます。

母の付き添いで
施設文化祭を見学
11月23日、越前市にある介護施設メゾンに入所している母の付き添いで、朝から姉と一緒に出かけました。地域の方のご協力でしょうか、立派なお野菜が申し訳ないような値段で販売されていて、私も買わせていただきました。
昼食は母と一緒に、お寿司に焼きとり、うどんにそば、たこ焼き、焼きそばとあれもこれもと頂いてお腹いっぱいになりました。
午後からは職員の方の寸劇に続いて、母達もステージに上がり、練習の成果を発表しました。最初は「歌われんでいやや」と言っていた母も歌詞カードを見ながら、照れくさそうに、でも楽しそうに歌っていました。母の楽しんでいる姿を見て、私達も楽しい一日を過ごされてもらい、足取りも軽く家路に急ぎました。

施設文化祭に
しの笛で訪問しました


11月11日午後、福井市江守中にある、「江守きらめき祭り」にしの笛で参加しました。 地域の方でギターを弾かれる男性のお誘いで、私達も笛を吹かせて頂きました。当日はあいにくの雨模様で準備されていた野外ステージから、屋内での開催に変更になり、お世話される皆さんも大変だったと思います。
スコップ三味線、きらめき一座、自治会会員及び協力者による発表、二胡の演奏、また展示物として利用者の皆さんの作品も展示されていて、盛りだくさんの充実した内容に私達も楽しませて頂きました。
午前に東北震災復興バザーも開催されていたそうですが、バザーの方は時間の都合で間に合わず残念でした。

カラオケの発表会に出て思う事



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今年もビクターサトーの発表会が10月21日に福祉会館で開催されました。毎年、あい工房の教室からも数人が出場しています。今まで応援する側にまわっていた私も昨年に続いて今年も参加させて頂きました。佐藤先生からは、「普段着ることの出来ない振袖を、それも赤い色にしたら」と言われましたが、歌に自信のない私は今年も赤を着る勇気は無く、地味な色に落ち着きました。
秋の発表会に向けて、春には選曲をし個人レッスンを重ね、譜面を見ないで人前で歌う練習の場を何度も作って下さるお陰で、何とか当日を迎えることが出来ます。
どのお稽古事の発表会も同じだとは思いますが、この半年間の佐藤先生の約60名の参加者に対しての細かい気配りは大変なものだと思います。
私からみて先生を花に例えるとしたら、真っ赤な大輪のバラのようです。毎日の生活の中では体調の悪い日、超多忙な日などいろいろあると思いますが、とにかく明るい笑顔を絶やさず、私達に活力を与えて下さる姿勢には頭が下がります。見習わなければ・・・といつも思います。

ブータンミュージアム開館で・・・3
11月17日開館当日


朝からあいにくの雨模様でしたが、10時からの開会式典会場には多くの方々の姿が見られほっとしました。お借りしていたブータンの衣装を着た私達5人も緊張の面持ちでした。式典が終わり、11時から記念事業として、ブータンの音楽に始まり、日本の唄の合奏。そして福井しのぶえの会の演奏、コーラスさん・・・の流れで進められて行きました。
昔の笛仲間の姿や私達の友人も応援にきて下さって、とても嬉しく又、充実した素晴らしい経験をさせて頂きました。野坂さんを始め実行委員の皆様に感謝いたします。有難うございました。 幸福度世界一のブータンと日本一の福井県。この素晴らしい友好の架け橋の輪の一員になれた事をとても幸せに思います。
この数ヶ月の私達の姿を、8月に亡くなった宮永さんも喜んで見守っていて下さった事と思います。

ブータンミュージアム開館で・・・2
ブータンの音楽のCDで、その国の音楽の雰囲気をつかんだり、演奏曲の譜面を頂いたりしたのが8月の初旬でした。しの笛の譜面といえば、一二三の漢数字と1オクターブ高い123、といった譜面で練習をしていますが、今回は五線譜の譜面で三味線、二胡、コーラスと合わせて演奏するので、合奏の経験のない私達はにとって本当に大変でした。
幸いに、仲間の一人が五線譜を笛用の譜面に採譜できたので、やっと練習に取り掛かる事が出来ました。一般的に吹く笛は7本調子から3本調子ですが、同じ本数でも吹き手の口の形などで半音くらい微妙に音が違うので、一緒に吹いても人によって不協和音になり、他の楽器と合わせる以前の問題があり、何度も何度も練習を重ねました。プロの演奏家の中に入り迷惑をかけないようにと心掛けましたが、二胡の小林先生が優しく私達に合わせて下さる姿に、さすがプロだと感心しました。
とにかく頑張ろう!私達のステップアップの為に!を合言葉に練習に励みました。

ブータンミュージアム開館で・・・1



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福井市大手3丁目にブータンミュージアムがオープンする事に決定したことを知ったのは7月も終わりの頃でした。
開館の式典の記念事業の際に、ブータンの音楽を演奏することが決まっており、しの笛の演奏をするグループとして、「福井しのぶえの会」に話がありました。その時初めてブータンに昔から伝わる唯一の楽器がしの笛(横笛)だという事を知りました。竹に穴をあけて音をだす、素朴な楽器として親しまれてきたのではないかと思います。
三味線以外の楽器と合わせての演奏の経験は無く不安でしたが、全面的にしの笛のやりやすい様に心配りをして下さる野坂さんの応援で、私達は頑張ってみようという事でお引き受けしました。

宮永さんありがとう・・・
     そして安らかに・・・
福井しのぶえの会の大切な仲間の宮永さんが、8月17日旅立たれてしまいました。3月に横浜能楽堂で開かれた鯉沼先生主催の横笛会の発表会に出演されましたが、4月の大津芸能会館での原先生の発表会には、体調不良で出演を取りやめ静養していましたが、残念ながら病気に勝つことは出来ませんでした。
さりげなく気を使う彼女は、私の顔いろをみて「金澤さん疲れているんでないか?無理したらあかんよ」と言って私を気遣い、動きやすいように手伝って下さいましたね。あっけらかんとした明るさのなかにも繊細な心配りの彼女は料理が得意で、炊き込みご飯やおでん、漬物など、集まりがある度に作ってきて下さいました。年下の彼女にいつも助けてもらいましたが、お返しも出来ないままのお別れでした。心にぽっかり穴があいたような寂しさを感じます。

あい工房の庭でバーベキュー
7月29日、夕方からカラオケ教室の皆さんとバーベキューを楽しみました。4時頃になり少し涼しくなると、大きなにんにく、なすにトマト等の夏野菜を持って一人二人と集まり始め女性陣は野菜切り、男性陣は炉に炭を起す準備を始めます。皆でワイワイ言いながら準備をするのも楽しいですね。
気心の知れた仲間と飲んで食べて大いに盛り上がり、中に入り今度はカラオケで又盛り上がり楽しい夏の一日を過ごしました。
80歳になる羽川さんもこの日を楽しみにして、いつも美味しいお漬物を持って来て下さいます。「あー腰が痛い、やっと歩くの」と言いながらも、「カラオケは辞めんのや、息子らが辞めたらアカン、呆けてしまうって言うんや」とうれしそう。新曲も次の授業までにしっかりと覚えて来られる姿に感心します。これからもがんばりましょうね!!

ドラムの小川さん

あい工房の建物は木造で吹き抜けの天井になっており、音がよく響きます。大正琴の練習の為に来て頂いたアルトサックス奏者でもある小川さんも気に入って下さった様で、機会があったら、一度あい工房でアルトサックスを吹いてみたいと言って下さいました。 発表会も終わった8月10日の夜。大正琴の授業の日に来て頂き、私達のリクエストに応えて、何曲も素晴らしい演奏を聞かせていただきました。贅沢な夜でした。

今年も大正琴の発表会に出演 7月22日、今年も琴城流の発表会がユーアイ福井で開催されました。
東日本大震災で被災された皆さんを応援しようと昨年作ったおそろいのユニホームを着て、今年も一年の練習の成果を発表しました
曲目は竜鉄也さんの「紬の女」、芦屋雁之助さんのお馴染み「娘よ」の2曲を演奏。    大正琴の発表会では、殆どのグループがドラムの伴奏で琴を弾きますが、今年は小川さんにお願いしてあり、あい工房の教室にも小川さんに来ていただきドラムと合わせて練習をして本番に臨みました。小川さんのソフトな雰囲気に私達は安心して演奏する事が出来ました。

音楽療法とは?



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音楽療法とは「音楽の持つ生理的・心理的・社会的動きを心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上に向けて、意図的、計画的に活用して行われる治療的、教育的技法である」と定義されています。その対象は大きく分けて、児童、成人、高齢者とに分けることが出来ます。
又、音楽療法においては、「上手に演奏できるようになることを目指すのではなく、音楽療法の時間の中で、健康や成長にとって意味深い音楽経験をすることこそが重要だと考えられています。認知症、加齢に伴うさまざまな慢性疾患・障害、脳卒中後遺症などを抱える高齢期の方々に対しては、病院、老人保健施設、通所の高齢者施設など、多くの場所で音楽療法が取り入れられているそうです。それぞれの人たちが必要に応じて取り入れられ易い様に、大きなSDショップ等では相談にのって下さるお店もあるそうです。
今の生きにくい世の中で、心身ともに健康で日々暮らしていく上で、音楽はとっても大事なことだと思いました。

ネットワーク燦々、6月例会で
浅川由美先生との出逢い
今年の会長が、音楽療法の浅川先生をぜひお呼びしたいという事で、レストラン、「ショパン」を貸切って浅川先生のフルート演奏とお話をお聞きしました。曲にエネルギーがあり音楽療法の曲として「北国の春・瀬戸の花嫁」が一位、2位だというお話や「元気な時にはどんな曲を聴いても良いが、悲しい時には悲しい曲を聴くと良いですよ。元気な曲を聴くと、もっともっと落ち込んでしまうんですよ」との先生のお話をお聞きしていると、「あーこんな思いでいれば楽に生きて行けるんだ」と気持ちがとっても楽ーになりました。
心の耳で聴いて!」先生の素敵なドレス、優しい雰囲気につつまれて、あっという間に時間が経ってしまいました。
その後に頂いたお食事もとっても美味しく、ショパンのオーナーに是非にとお願いして、ピアノを演奏していただきました。ショパンの曲が好きでレストランの名前を「ショパン」にしたというお話をお聞きしたり、贅沢な夜を過ごさせていただきました。

うぐいす
3月29日、今年初めてうぐいすの鳴き声を聞きました。母の祥月命日には毎月お寺さんに来て頂いていますが、お勤めが終わり御住職が帰られた後のほっとしたひと時でした。
たどたどしい泣き声に、春のおとずれを感じた嬉しい一日です。
そういえば、昨年秋から右肩が痛み、夜も眠れない日が続いていた五十肩も、春の訪れと共に肩の動きも少しずつスムーズになり、気分も軽くなった頃でした。

お陰さまで15年



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あい工房金沢を設立して、今年で15年目を迎えました。15年前、私は50歳を目前にし、認知症が進みデイサービスに通う母の介護の真っ只中でした。母をみていて、これから押し寄せてくる高齢化時代に向けて、共に楽しく集える場が欲しいとの熱い思いに駆り立てられていました。その思いが数年かかって実現の運びとなり平成9年12月に完成しました。
翌平成10年2月、初めての大正琴教室、3月にはカラオケ教室が始まり、順に藤、水墨画押し花、しの笛、気学・・・と続き、楽しい笑い声に包まれながら活動を始め、地域を越え親しまれて、今年で15年目を迎えることが出来ました。
超高齢化社会に突入した今、人恋しくなった時、雨が降って畑仕事も出来ず退屈だなーと思ったとき等、ともに集い元気な声が飛び交う場として愛され続けて行きます様に・・・・・
いつまでも初心を忘れないで、NPO団体として仲間と共に頑張って行きたいと思います。


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