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元亀元年(1570)7月当時、越前の守護職であった朝倉義景の家臣で黒坂備中の守景久が舟寄に館(舟寄館:現 日東シンコ―㈱の敷地内:舟寄110-1-1)を構えていました。 北陸地方の平定のために進撃してきた織田信長軍を迎え撃つため、景久は主君の朝倉義景とともに2万3千の兵を引き連れて出陣することになりました。この戦いが有名な姉川(現 滋賀県長浜市野村町および三田町一帯)の戦いです。その出陣の前夜、酒宴が開かれ、そこで舟寄の集落民が領主の武運長久を祈り士気を鼓舞するために踊ったのが舟寄踊りの始まりと云われています。
その時から今日まで456年、「舟寄踊」は、受け継がれて、昨今は毎年旧盆の8月15日夜、高椋西部コミセン前広場で盛大に踊られます。
(平成16年4月20日 福井県無形民俗文化財に指定される。)
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