
「ミラノの太陽、シチリアの月」は、イタリア在住30年の筆者が2011年に発表した「ジーノの家 イタリア10景」に続くイタリアでの生活を描いた随筆集だが、単なる紀行記的なエッセーではない。
本書を構成する10編を見ると、明るい太陽とパステルカラーの原色的風景の似合うローマ、フィレンツェやヴェネツィアの名は見あたらない。
数編を構成するミラノとシチリアも「夏の過ぎ去ったミラノ」、「月夜のシチリア」で、イタリアの光と色彩になじんできた読者を戸惑わせる。
主な舞台となるリグリア海の海岸線の村々は、観光地として賑(にぎ)わうリベリア海岸や「チンクェテッレ」などからかなり離れた南仏よりの急峻(きゅうしゅん)な崖にへばりついた、美しい海と空以外は何の取り柄(とりえ)もないところにある。
そのような土地と人々のなりわいを、筆者はどちらかというとモノクロームの素描画的色調で淡々と描いている。
リグリアの海と空を愛し、筆者を取り巻くイタリアーノをこよなく慈(いつく)しみながらも、その地に全てを溶け込ませることなく異邦人としての冷静な視点を常に持ちつつ、無駄を省いたドライな筆致で描く主人公達のドラマは、たとえ過酷な人生の蹉跌(さてつ)であっても、その悲惨さを感じさせない。
筆者の温かい眼差(まなざ)しが主人公達をつつみ一編のメルヘンのように私たちの前を流れていく。
各編を彩る主人公の鉄道員のオズワルド、船上レストランの店主ニコライ、トリノのタクシー運転手ブルーノ、雇われ船員のサルヴァトーレ達は、いずれも夢を追い、彷徨(さまよ)い、そしてリグリア海を望む小さな村々に辿り着いて日々を暮らしている。
語る言葉は少ないが、彼らの抱える深い陰翳が私たちを惹きつける。